こども環境管理士

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日本生態系協会認定の「こども環境管理士1級」に合格し、認定証が送られて来ました。

こども環境管理士は、昨年度に第1回の試験が行われました。日本生態系協会と言えば、何と言っても「ビオトープ管理士」で有名ですが、こちらの方は3回受験して、3回とも落ちてしまいました。

こども環境管理士の1次試験(筆記)も、ビオトープ管理士並みのかなり高度な問題が多く出題されました。地球温暖化、ゴミ処理、リサイクル、などの環境問題を始め、自然生態系に関するもの、花や鳥の名前など、幅広い範囲に渡って問われました。

私がこの資格試験を受けることにしたのは、子どもたちに正しい環境教育をしたい、というのがいちばんの動機でした。環境を大切にすることを子どもたちに伝えるには、自然環境を守ろうという心を育てなければなりません。そのためには、自然の良さ、楽しさ、おもしろさを子どもたちが実感しなければ、それを大切にしようという気持ちにはなりません。

保育園の中で、自然の楽しさを子どもたちに体験的な学習をしてほしいのです。

地球環境問題は、世界全体の課題であり、私たちがこれに正面から向き合わなければ、明日の子どもたちの世界は暗いものとなってしまうでしょう。

アースディが近づいていますが、環境問題に取り組んでいるという人は、(申し訳ありませんが)「お祭り気分」が主で、現実の姿や正しい知識を回避している方が少なくありません。運動を盛り上げるためにお祭り的な要素は確かに必要ですが、それだけでは単にゴミと二酸化炭素を排出しているだけにすぎません。

例えばゴミ処分場で、生ゴミを焼却する時に、効率よく燃やすために重油を使っているという事実があります。重油を使うくらいならペットボトルを一緒に燃やした方が余計な油を消費せずにすむ、と主張する人もいます。

また、スーパーのレジ袋は最近では悪の根源のように言われますが、元々は廃油から作っているのでコストは非常に低いそうです。それと比べて、自治体が作る有料のゴミ袋は純製油から作るのでコストが高くなり、何のための有料化なのかわからなくなります。

また、世界に目を向けても、独裁者と大量破壊兵器撲滅を大義名分に、イラクの人々を多数死傷させ、劣化ウラン弾による放射能汚染を実行した元イギリス首相が、今になって地球環境問題解決のために演説しても、それは偽善でしかありません(その元首相をスタジオに招いて笑顔いっぱいのトークショーを行った日本のテレビ局と有名キャスターのお人好しさには、はっきり言って閉口です)。

子どもたちの明日を考えるために、真の環境問題を見つめ、本当の解決は何か、を考えることが、この資格の意味だと思います。

これからも、子どもたちと、そして若い保育士たちと、自然環境の大切さを考えて実践していきたいと思います。

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新しいブログを始めました

すでに書き込みを始めていますが、新しいブログを開設しました。

「かいじゅう先生の園長日記」です。

http://kokoronomori.tea-nifty.com/kaizyusensei/

上をクリックしていただければ見ることができます。

私の新しい仕事と職場を紹介しています。

どうぞよろしくお願い致します。

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新園スタート!!

新園スタート!!

今日から4月です。
新しいスタートです。
私も新たなる第一歩を踏み出しました。

前職である、せいがの森保育園の職員の皆様より、とてもすてきな祝電をいただきました。

ありがとうございます!

また、新宿せいが保育園のN先生より、ポ二ーテールという素敵な鑑賞植物をいただきました。

ありがとうございます。

多くの方々から、たくさんのご好意をいただき、私は幸せです。
がんばれるパワーがわいてきました。

今日は早番から遅番までの勤務で、土曜日を含めてしばらくは忙しい仕事が続きます。
でも、今日の喜びを忘れずにがんばりたいと思います。

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感謝状

感謝状

先週の日曜日、前に勤務していた保育園の卒園式に出席しました。
謝恩会も終わり、引き上げようとしていたら、父親の会のお父さんから感謝状をいただきました。
とても、うれしかったです。
どうもありがとうございました。

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調理員さん募集!

八王子市元横山町にある静教保育園では、調理員さんを募集しています。

  • 勤務地:静教保育園(八王子市元横山町3丁目)
  • 職 種:調理員(資格がなくても大丈夫です)
  • 勤務時間:8時30分から16時(相談可)
  • 勤務日数:平日週3日から5日程度。月一、二回土曜日勤務。(相談可)
  • 給 与:時給800円~(経験に応じて要相談)

子どもたちにおいしい給食、おやつを作ってあげてください。

連絡先:静教保育園 042-622-2093 田中まで。

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保育士さん募集しています!!

唐突ですが、私が勤務する静教保育園では、保育士(非常勤)を募集しています。

  • 職   種:保育士
  • 仕事内容:保育補助、朝夕保育補助
  • 勤務場所:静教保育園(八王子市元横山町3丁目、JR八王子駅、京王八王子駅から徒歩約20分)
  • 勤務時間:7:30~19:00の間で4時間から8時間程度。
  • 勤務日数:月曜日から土曜日の間で、3日から5日程度。日曜・祝日は休み。
  • 給   与:時給950円~(有資格者)
  • 年   齢:不問
  • 通勤手当、雇用保険等あります。

  • 保育士資格をもっている方、保育経験がある方は優遇します。資格がない方でも、明るくて子どもが好きな方であれば大歓迎です。
  • 現在お仕事をされていて、すぐに転職できない方でもご相談に応じます。

詳しくは、メールをいただければご連絡致します。どんなことでもご質問・お問い合わせください。なお、採用選考にあたっては静教保育園にて面接を行ないます。

kokoronomori@nifty.com

人手不足の時代、決して高い賃金ではありませんが、明るい、楽しい職場です。お知りあいの方など、ご紹介いただければ幸いです。どうぞよろしくお願い致します。

今日は宣伝をさせていただきました。

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オニのお面

オニのお面
保育参観をしているクラスで、親子が鬼のお面を作っています。
鬼のお面、ということは、もうすぐ節分だからでしょう。
でも、なぜ鬼のお面なのでしょう?

本来、子どもは「おにはーそと!」と豆を投げる方です。

しかし、実はお面をかぶるのも、子どもは大好きです。

「鬼」というお面をかぶることによって、子どもは内面にある「恐れ」や「怒り」を外に放出しているのかもしれません。

これって、ちょっと「ユング」っぽいですね。

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想い出写真館1

想い出写真館1
私が18年前に勤務していた多摩保育園の時の写真です。
当時の園庭のすみに作ったアスレチック遊具にのる年長さんたちです。
彼ら、彼女らも、今では立派な大人になっているはずです。
このアスレチックは、電車の線路の枕木を組み合わせて作りました。
今では、園舎も改築、移転されたので、この遊具も残ってないでしょう。
枕木をもらうために、軽トラックを運転して、京王線の高幡不動駅まで行ったことが思い出されます。
みんな、元気でしょうか…
とても懐かしい写真ですが、もうこの子たちと会うことがないのは淋しいですね。

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三週間

新しい保育園での仕事が始まり、三週間が過ぎました。
片道1時間30分近い通勤にも、だいぶ慣れてきました。
小さな保育園ですが、職員の方々は現園長先生を始め、みなやさしくしてくださり、まずは順調な出発ができたと思います。
やらなければならないことも、次第にはっきりとしてきたので、これからがいよいよ本格的な運転になりそうです。

ただ、自分なりには緊張やプレッシャーがあるようで、十数年前にあった,まぶたがピクピクけいれんすることがとても多くなり、苦笑する場面の連続です。

週末も自宅に仕事を持ち込んでいますが、うまく切り換えて、来週へつなげたいと思います。

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新たなる出発

新たなる出発
今日は仕事始め。
私も今日から新しい職場で、新たなるスタートを切ります。

ここが、私が勤務する、静教保育園です。
定員65名(4月からは80名の予定)という小さな保育園です。
最初の開園は、昭和5年。おそらく八王子市の中で、最も歴史が古い保育園ではないかと思います。

がんばります!!

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どうも、ありがとう!

せいがの森保育園最後の一日は、終わりました…

いつものように保育が流れ、

無事に一日が終了しました。

ありがとう!

すいすい組(年長組)の女の子たちが手紙を書いてくれました。

「ぷにゅごっこ(?)」で毎日盛り上がったMちゃんとYちゃんです。

どうも、ありがとう!

ありがとう!

卒園した1年生のMiさん、Yuriさん、Sakiさんからお花をいただきました。

どうも、ありがとう!

同じく、Yukiくんから本場烏龍茶をいただきました。

どうも、ありがとう!

ありがとう!

年長組のお父さん、お母さん方、そして子どもさんたちから歌のプレゼントと、お花とアルバムをいただきました。

どうも、ありがとう!

いっぱい、いっぱい、ありがとう!

5年9か月の重みをひしひしと感じています。赤ちゃんだったあの子が、来年は小学生です。その一番大事な時期にお世話をすることができて、私は幸せでした。

この貴重な出会いと経験を次に生かしていきたいと思います。

みんな、みんな、どうも、ありがとう!

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最後の一日

最後の一日
せいがの森保育園での最後の一日が始まりました。

今日の勤務を最後に、退職します。

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クリスマスデー

クリスマスデー

この季節、多くの保育園、幼稚園でクリスマスの催しが開かれていると思います。

私の勤務する保育園でも、今日は「クリスマスデー」でした。年長組の子どもたちがキャンドルサービスをしたり、ハンドベルの演奏をしました。

そして、なんと言っても、メインはサンタクロースの登場です。

クリスマスデー

たくさんのプレゼントを持ってきていただき、ついでにみんなと一緒に記念写真まで写りました。

さて、保育園のクリスマスには必ずと言っていいほどサンタクロースが登場します。でも、ひねくれ者の私にはなぜサンタクロースがわざわざみんなの前に出て来なければいけないのか、不思議に思うことがあります。

サンタクロースは絵本やファンタジーの世界の人なので、何も実際に姿を見せなくても、その存在は子どもたちに十分理解できるものではないかと思います。クリスマスイブの夜にわくわくしながら待って、そしてクリスマスの朝にプレゼントが置いてあれば、「ああ、サンタクロースのおじさんがプレゼントを持ってきてくれたんだ」と思えば、それでいいような気がします。

夢の世界の人物像を私たちは善意で壊しているのではないでしょうか。

私はキリスト教の幼稚園に通いましたが、クリスマスの催しは覚えていても、サンタクロースが出てきた記憶はありません。それでも、かなり大きくなるまでサンタクロースの存在を信じて疑いませんでした。

子どもの夢をもう一度考えてみませんか?

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マットかいじゅう

一昨日の土曜日、私が勤務する保育園でも、運動会が開かれました。保育園では、毎年、近所の小学校の体育館をお借りして運動会を行ないます。天気を心配しなくていいことが最大のメリットです。

さて、昼食後の午後一番目の種目は、「マットかいじゅうとの闘い」でした。

Mat1_4

私とK保育士がマットかいじゅうになりました。

子どもたちは大興奮です。

Mat2

子どもたちの猛烈なパワーの前に、マットかいじゅうはあえなく倒されてしまいました。

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ドミノ



ドミノ

この女の子が真剣に取り組んでいるのは、「ドミノ倒し」です。普通一般的には、このように、ドミノを並べて倒します。

ドミノ

ドミノを並べると、このようになります。

ドミノ

ところが、これはどうしたのでしょうか?

上から見ると…

ドミノ

なんと「花火」の模様になっていました!!
年長組の「プニュコンビ」こと女の子2人が創りました。
子どもの創造力はすごいですね!

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夜の保育園

夜の保育園

夜の保育園に集まりました。

卒園した1年生と兄弟関係の3、4年生が、夜の保育園で遊びました。

本当は、今夜の皆既月食を観望するのが目的でした。しかし、残念ながら雨のため、それはできませんでした。

でも、子どもたちは保育園の頃に戻ったかのように、夢中になって遊びました。

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IEP

今日は、特別支援教育士・資格更新研修会に参加しました。
午後の講義では、アメリカの教育現場におけるIEPについて、とても興味深い話を聴くことができました。

IEPとは「個別教育支援計画」のことです。アメリカでは1975年に全障碍児支援法制定により、学校教育において何らかの特別な支援が必要な子どもに対しては、ひとりひとりにIEPを立案することが義務づけられています。

日本でも遅れてこの波がやって来て、特別支援教育がスタートした現在では、どこの教育現場でもIEPが花盛りです。
私の二女も中学校の心身障碍児学級に在籍している頃から、学期ごとに個別の指導計画が担任の先生によって立てられました。それと対になる形で学期末の成績表は、領域別に細かい評価が記入されていました。

特別支援教育を担当する先生方にとっては、IEP作成はとても大変な作業だと思います。
同時に、IEPは障碍のあるなしにかかわらず、すべての子どもに必要なのではないかと思いました。アメリカ・ニューヨーク州では、IEPソフトがあり、パソコンに入力するだけで各種の書類が作成できるものもあるようです。

「指導・支援計画」は書類の問題ではなく、子どもひとりひとりが、どんな課題を持っているか、どんな支援が必要か、ということを意識化するために必要なツールになると思います。そのためには、IEPの考え方がもっと保育や教育の現場に浸透することが望まれます。

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クラス会

今日は、保育士養成学校のクラス会に出席しました。

正式な学校の名前は「東京都足立高等保育学院」と言います。しかし、学校自体はすでに廃校になっています。

卒業してから28年が過ぎ去りました。私自身は、保育園で勤務をして来たのは16年程度ですが、卒業以来ずっと保育園や施設で働き続けている方も少なくありません。

今の私の原点はこの学校で学んだ2年間にあると言っても過言ではありません。もともとそれほど深い理由があって、つまり「保育を志す」という意志があって入学した分けではありません。あえて言えば、当時私の家庭は生活に大変困っていて、とても大学に進むなどということはできませんでした。足立高等保育学院は都立の学校で授業料が無料だったのです。だから、私の保育の出発点は、割合といい加減だったと言えるかもしれません。

しかし、学校に入り、保育を学び、心理学を学び、保育実習をしていく中で、保育に対する私の意識は高まって行ったのです。

さて、クラス会は2年ぶりになります。懐かしい顔がたくさん集まりました。

みな、それぞれに年輪を重ねてきていますが、誰もがみな学生当時の気持ちでいることに変わりはありませんでした。今回、私は幹事を引き受けましたが、欠席した方を含めて、クラス全員が現在も健在であることに感謝しました。

在学中、片思いだったKさんにも会いました(!)。ほんの一言二言しか会話をしませんでしたが、とてもうれしかったです。

旧友と再会し、話に花を咲かせ、そして力をもらい、また明日からの活力にして行きたいと思います。

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夕涼み会のお菓子販売

明後日は私が勤務する保育園の夕涼み会です。

園長先生以下、職員の皆様のご理解とご協力により、当日お菓子の販売を行ないます。

このお菓子は、東京・稲城市にある障碍者の職業支援センター「コラボいなぎ・いなぎワークセンター」で作られたものです。

とてもおいしいお菓子です。過去2回保育園で販売を行ないましたが、すぐに完売しました。今回はクッキー、パウンドケーキ、チーズケーキなど、9種類の販売を行なう予定です。このブログをお読みの方で、夕涼み会に来られましたら、ぜひともお買い求めくださるよう、心よりお願い申し上げます。

障碍者の作業現場は、非常に深刻な問題をかかえています。そのひとつは低賃金です。伝統的に福祉現場は売り上げをたくさんあげて障碍者の賃金を引き上げよう、という発想がありません。福祉で「儲け」を出すことは良くない、というイメージがあるようです。

しかし、利益をあげなければ、当然そこで働く障碍者や職員の賃金はいつまでとっても低いままです。コラボいなぎで働く私の二女は、時給が150円です。これでも都内の施設の中では良い方なのだそうです。これで障碍者が自立した生活を送ることは不可能です。

お菓子についても、せっかく安くておいしいものを作っても、販売するルートや場所がなければ、生産は頭打ちになってしまいます。そこで、少しでも売り上げに貢献できればと思い、保育園での販売を始めました。売り上げは少額ですが、できるだけ多くの方々に、コラボいなぎのお菓子の味を知っていただきたいと思います。

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夏祭り

ある保育園の夏祭りを見学させていただきました。

ごく一般的にある普通の保育園です。地域は比較的歴史があり、下町のような雰囲気があります。

この時期、どこの幼稚園、保育園も「夏祭り」とか「夕涼み会」というような名前で、夏のひと時を過ごす行事を行ないます。お店が出たり、盆踊りをしたりします。

その保育園も、ごくごく普通の夏祭りでした。クラスで作ったおみこしをみんなでかついで町内を練り歩いたり、盆踊りをしたり、お店で買い物をしました。どの子も大喜びで参加していました。

ひとつ気になったのは、お店を全部まわると、持ちきれないほどのおみやげができるということです。水ヨーヨー、金魚すくい(おもちゃ)、ゲームの賞品(ぬいぐるみなど)、お菓子のつめ合わせ、駄玩具のつめ合わせ、ペットボトルのお茶、お面、手作りおもちゃ…

モノがあふれかえっている時代で、物資に恵まれた子どもたちですから、これだけ与えても疑問に持たない大人は多いのではないかと思います。しかし、それでいいのかなぁ、という釈然としない思いがしました。ところが、それでは内容を変えて品物が減らすことにしましょう、とすると「去年まではたくさんもらえたのに…」という保護者からの不満が必ず出ることでしょう。

モノを大切にとか、環境問題を考える時に、まず身近なこととして、私たちは子どもに必要以上の物を与えていないか考えてみるべきではないでしょうか。モノにあふれることが、結局は物を大切にしないばかりか、ゴミを増やす結果になるのではないかと思います。

環境問題が直接生活に打撃を与えるのは、子どもたちの世代の時代です。大人が自己満足のために子どもに物を与え続けることが、子どもたちの地球を破壊する手助けをしていることを認識すべきだと思います。これを大げさだと考える方は、育児をする資格はないと思います。

大人の方が、今こそ意識改革が必要だと思います。

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おとまり保育

7日から8日の土日にかけて、保育園でおとまり保育がありました。

例年は、同じ社会福祉法人の二つの保育園が合同で、どちらかの園でおとまり会をしています。しかし、今年は諸事情により各園別個に行ないました。

合同でおとまり保育をやる意義が今ひとつよくわからないまま昨年までやって来ましたが、実施にあたっては膨大なエネルギーを必要として来ました。何しろ年中・年長組両園合わせて子どもが80名、職員が40名以上参加します。

昨年、私は年長組の担任だったので、おとまり保育の運営の中心にいました。開催一ヶ月前から連日深夜に及ぶ準備と当日の運営は、あまりにも過酷すぎました。他の職員も同様に準備に追われ、大変な苦労をかけてしまいました。

一ヵ所にそれだけ多くの人が集まることの危険性(例えば深夜の火災や地震、侵入者など)や、家庭がある職員が参加できないことによる若手頼みの職員体制など、その問題点を訴えましたが、逆に「やる気がない職員」というレッテルを貼られてしまいました。

同じ法人内に複数の保育園がある場合、交流することは確かに大切なことだと思います。新しいお友だちと出会う体験も必要です。しかし、それをおとまり保育という職員に過酷な労働を強いる行事で行なわなければならない理由が私はわかりませんでした。

今年は保育園単独のおとまり会になり、今までとは違う感覚で参加することができました。非常にゆとりがあり、その分子どもたちとの時間を楽しみ、ゆったりとした夏の夜を過ごしました。これは、子どもの人数が40名弱だったので、イベントの運営が非常にやりやすかったことによると思います。

おとまり保育はイベントの連続です。グループ活動、食事、入浴、ナイトハイク、花火大会、さらには有志のお父さん方によるアトラクション… それらの運営をすべて職員が一から十までやらなければなりません。子どもが寝静まった後も、職員は数時間の仮眠しか取れません(私は昨年の仮眠は30分でした)。

しかし、それでも今年のおとまり会は楽しかったね! というのが正直な気持ちです。職員たちも余裕を持って参加できたので、あれこれ考えながら楽しい時間を演出できました。来年はまた合同おとまり会に戻るのでしょうが、職員の高齢化が進むと体力的にはさらに厳しくなりそうです。

交流という点で、私はひとつの提案があります。おとまり保育を保育園の園舎で行なうのではなく、別の公共機関(例えば青年の家など)を利用するのもひとつの案だと思います。食事や布団の準備・後片付けがないだけでも、職員の負担は相当軽減されます。楽をしたいからではなく、ゆとりができる分、子どもとの時間が増えるのです。

おとまり保育がなぜ必要なのか、という原点に今、もう一度戻って考えてみるべきではないでしょうか。

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神の眼

ある保育セミナーに参加しました。前半は、ドイツから来日した幼児教育関係者によるドイツの幼稚園についての講演でした。ドイツの幼稚園・保育園がうらやましいくらい優れている点は、画像などを通してよくわかりました。国家・行政による予算のかけ方が、日本とはけた違いであることも想像できました。

後半は、日本の保育園関係者とのワークショップでした。ドイツの方は自国の保育制度に絶対の自信を持っているようでした。それに対して日本の方は、自虐的とも思われるくらい日本の保育の現状について、その問題点を次々と挙げました。

例えば、カリキュラム作成など事務的な仕事がたくさんあること…

大きな行事がたくさんあり、そのための準備で残業が多いこと…

保護者から園に対するクレームが非常に多いこと…

年齢別保育に固執していること…

ドイツに限らず、今までいろいろな国の方の話を聴く機会がありましたが、誰ひとりとして自国の保育制度の問題点や課題については触れません。ドイツの方も、何一つ問題がないと言い切っていました。

それに対して日本は、世界標準であるドイツよりはるかに遅れているそうです。

もやもやとした違和感を感じました。

普段、テレビのドラマを観ていると、視聴者からの視線は主人公でも脇役でもありません。それは、いわゆる「神の眼」なのです。どの国が進んでいて、どの国が遅れているかという問題も人間が決めることなのでしょうか。

たとえ日本であっても、幼児教育に、子育て支援に、努力奔走している人々を評価するのは「神の眼」ではないでしょうか。私は世界最先端の水準を目指す保育というものが何なのかよくわかりません。

保育園は、その地域のオンリーワンであることが大切だと思います。

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専門家としての資質

今日は、臨床発達心理士の資格更新研修会「子育て支援」の第二日目に参加しました。

午前中の講義に続いて、午後はグループディスカッションを行ないました。

私が入ったグループでは、肢体不自由児養護学校、ろう学校、児童相談所、児童療育センター、そして保育園とさまざまな職場の方が集まりました。

臨床発達心理士の専門性について話し合いを進めるうちに、ひとつの結論らしきものが見えて来ました。

それは専門家としての人間性、つまり専門家である前に人間である、ということです。

どんなに専門的に知識が豊富で優れていても、人間的に良い面を持ち合わせていなければ、専門家としての仕事はうまくできません。

一人の参加者は、まず職場の中で認めてもらうための努力をしている。例えば常に笑顔を絶やさないようにとか… と大まじめで語りました。

確かに保育士のように、国家資格で社会的にも認知された立場にいると、それにあぐらをかいているような方を時々見掛けます。

しかし、臨床発達心理士は、発達心理の専門家であっても、社会的に広く認められているわけではありません。保育園の職場にいても、発達の研修会で意見を求められることもありません。

だから、自分から子どもと、保護者と、保育士と同じ高さの目線に立ってかかわりを持とうと、私もがんばっています。

同じ課題で、仲間の方々が悪戦苦闘している話を聞いて、とても勇気をいただきました。
明日からの活力にしたいと思います。

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子育て支援

「子育て支援」というテーマで、臨床発達心理士の資格更新研修会に参加しました。

午前中は「子育て支援と少子化問題」がテーマの講義で、講師は恵泉女学園大学の大日向雅美先生でした。

午後は、カウンセリングの理論と実習でした。対立関係にある人の、それぞれの主張の裏にある、心の深いところにある思いに共感するカウンセリング技法は、とても興味深く、納得できる点が多い学習ができました。

実際のカウンセリングは、なかなか理論の通りには進まないものです。しかし、子育て支援の中で、子どもに対して、あるいは親に対して、私たちは経験だけで「指導」しようと半ば強引に引っ張って行こうとしてしまうことがあります。

自分の言動に反省するとともに、今日の学習を来週からの現場で生かしていきたいと思いました。

研修会は、明日も行なわれます。

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認知の偏り

水曜日に園内職員研修がありました。

テーマは「発達障碍」。

知的障碍や肢体不自由障碍などに加え、近年は学習障碍、注意欠陥多動性障碍、広汎性発達障碍などの、いわゆる「軽度発達障碍」がクローズアップされています。保育園などでは「気になる子」という言われ方もされます。

知的な障碍がない、ということから「軽度発達障碍」と言われますが、実は学校生活、社会生活を送る上で、かなりの問題が表出しやすいことから、文部科学省などの公文書では「発達障碍」と言っています。

私も「軽度」というのは、いろいろな点で誤解を受けやすいことから、あまり好ましい表現ではないと思います。先日の特別支援教育士東京支部総会では、「知的に遅れがない発達障碍」という言い方をしていました。

しかし、知的に障碍があるかどうか、ということはどこかではっきりと分かれる基準線があるわけではありません。医師は診断するのが仕事なので、何かしらの障碍名をつけなれればなりません。でも、現実にはさまざまな子どもがいて、「障碍がある・ない」という線引きができるわけではなく、するべきではないと考えます。

そこで登場するのが「認知の偏り」という言葉です。

「認知」とは、日本の場合、婚姻関係にない女性との間に生まれた子どもを自分の子どもとして承認する場合、「認知する」と言います。

ここでは、心理学的な意味で、外界のさまざまな事象に対しての思考や判断、感情などの高次な脳内活動を「認知」と言います。

「認知の偏り」とは、社会性がない、相手の立場や気持ちが理解できない、自分の感情をコントロールできない、など「発達障碍」が持っている問題を指します。障碍があるかどうか、障碍名は何か、ということを追求するのではなく、この子どもの認知の偏りにはどのような特性や問題があるか、ということを考えることが大切なのです。

その上で、講師のCEセンター所長・野田弘一氏が開発した「見守る保育・プラス」というコンピューターソフトを試しました。これは、子どもの発達状況に関する質問項目にイエス・ノーで答えていくと、その子どもの認知の偏りがグラフで示されるというものです。

質問項目に答える発達診断は、いわゆる「質問紙法」と呼ばれるもののひとつで、代表的なものは「津守・稲毛式発達診断法」「九大式発達診断法」などがあります。非常に手軽に、しかも短時間でできて評価も出しやすい、ということから保健所や療育センターなどで、発達・発育相談のスクリーニングとして使われることが多いようです。

しかし、問題点もあります。質問紙法は多くの場合、養育者(親)が答えます。「津守・稲毛式」であれば、質問項目(例えば「ボールを投げる」など)について、できるは○、できなければ×、わからなければ△をつけます。研修で使った「見守る保育」は、パソコン上で、その項目ができればチェックをつけ、できないものにはチェックをつけない(はずす)という作業を行います。したがって、回答者の価値観、観察力、発達に対する理解力などによって、評価に大きな違い・差が出てしまいます。一般的には、養育者が行うと期待値が先入観として入るため、高い評価が出る場合が多いようです。

ここで気をつけなければならないのは、チェックをする側の人にも「認知の偏り」がある場合もあるのです。人によって大きく評価が違う結果が出てしまう以上、質問紙法はあくまでも参考資料のひとつとして見るべきです。評価がその子どもの発達をすべて現しているわけではありません。

また、この研修で気になったことがもうひとつあります。

それは、「見守る保育」ソフトを使う実習を研修で行った時、実際の園児を表出して行ったことと、そのことに対して職員のだれ一人として疑問を持たなかった、という職場の空気です。

事例研究を行う場合、最も問題になるのは、その事例としてあげられる本人および養育者の同意を得るかどうか、という点があります。もちろん、原則として同意(つまり事例として研究対象にするということについての同意)を得た上で事例とさせていただくのですが、意外とこの点において倫理観に欠ける場合が目立ちます。

自分たちが知らないところで、自分の子どもについて、いろいろと評価されていることを養育者が知ったらどのように感じるでしょうか? このようなごく当たり前のことが無視されています。私だったら絶対に許せません。

アメリカでは、養育者の同意を得て、さらに養育者が事例研究の場に出席することも多いと聞きます。日本ではほとんど考えられないことですが、この心理学的な倫理観があいまいにされているところが、強い憤りを感じました。

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山鳩の巣を発見!


一週間程前に、保育園の園庭にある藤棚の中に、山鳩が巣を作っているのを見つけました。



どうやら、すでに卵をあたためているようです。



昨日、府中市郷土の森の資料館には、「キジバト」という名前ではく製が展示されていました。



広辞苑で調べたところ、山鳩とキジバトは同じ種だそうです。



藤棚の山鳩は2羽(つがい?)が交代で巣を守っています。




もう1羽の山鳩です。



下では、子どもたちが、おままごとをして、元気に遊んでいます。



とにかく、無事に育ってほしいですね。

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親子遠足


親子遠足がありました。

保育園の近くにある別所公園まで、ウォークラリーをしました。

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一年生の悩み、小学生の思い

11日の金曜日に、小学一年生になった卒園生がたくさん保育園へ遊びに来ました。夕方の一時間半程度の時間でしたが、園庭で楽しく遊びました。

当初は数人が来園する予定だったようですが、結局18人の小学生が集まりました。

まるで、保育園の園児の頃に戻ったかのように、三輪車を乗り回し、砂場で砂だらけになり、サッカーボールを追いかけて走りました。最後は、年長組の時によくやっていた「靴投げケンケン」をやりました。

みんなの遊んでいるようすを見ていて、一番感じたことは、小学生にも「童心」にかえって遊ぶことが必要なんだな、ということでした。

一年生の話によれば、小学校のブランコは「立ち乗り禁止」なのだそうです。小学生になれば、運動能力も伸びてきて、ブランコも180度くらいの勢いで乗ることができるでしょう。そうなると、立ち乗りは管理する側としては「禁止」になってしまうかもしれません。

しかし、子どもには遊びが足りないのではないでしょうか?

ここで言う「遊び」とは、コンピューターゲームなどを除いた、子どもの創意工夫によって創り出された遊びのことです。

世の中は、特に識者と言われる方々は、「学力低下」とか「親学」というものに夢中になっているようです。しかし、私は小学生たちの純粋な遊びを見ていて、「もっと遊びの場を提供してあげようよ!」と言いたくなってしまいます。

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一年生になり、約1か月半が経過して、さまざまな思いがあるようです。

ある子は、学童クラブになじめなかったり…

ある子は、小学校の生活に違和感を感じたり…

新しい生活に慣れるのは大変なことです。「友だち100人できるかな」などと大人は呑気なことを言っていますが、子どもたちは本当に大変です。

小学校、学童クラブ、という新しい枠組みの中に入れられて、それにうまく適応できる子が、大人から「良い子」と評価される時代です。枠組みの矛盾に対して敏感に感じたり、疑問を持つ子は「問題児」扱いされてしまいます。組織や制度という箱の中に子どもを入れてしまうのではなく、子どもひとりひとりの立場を考えて、その時々によって柔軟に枠組みを変えていくことが、大人はできません。

ある子の個人面談で、担任の先生は、「クラスに40人も子どもがいるので、ひとりひとりに対応することはできない」と保護者に向かって言い切ったそうです。それは確かに本音としての事実かもしれません。では、1クラス何人だったら、ひとりひとりの子どものことを考えてくれるのでしょうか? 私は、親に向かってあからさまに自分の無力さを恥ずかしげもなく主張してしまうような先生は、たとえ10人であっても子どもの個性を尊重してあげることはできないでしょう。

人様に対する批判ではなく、似たようなことは、保育園でもみられます。

私が勤務する保育園は、3、4、5歳児が一緒に生活しています。リーダーの保育士は約60人近い子どもたちを一人で見なければなりません。この時、子どもたちを集団として見つめる全体を把握する力と、個々を見つめ、配慮する視点が求められます。これができなければ、とても60人を保育することはできません。

閑話休題。小学生の話に戻りましょう。

みんな、なにもすべてにいっしょうけんめいにならなくていいんだよ。

さきがながいじんせい。ゆっくりいこうよ。すきなことやっちゃおうよ。

でも、おとうさん、おかあさんがかなしむことはだめだよ。そのあたり、よくかんがえてね。

小学生の居場所作りが本当に求められていると思います。

保育園は、その役割も果たす必要があると考えます。

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「新編 家族の練習問題」

「新編 家族の練習問題

―木陰の物語―」


団 士郎 著

2006年5月10日 初版発行

ゴマブックス株式会社


家族のあり方が社会的な問題になっています。
政府の教育再生会議は、親の子育てについて、「母乳で育てる」「赤ちゃんと目をあわせ子守唄を歌う」「食事の時はテレビを消す」「三世代の同居」などを「親学」というテーマで提言しようとしているようです。
とても当たり前かのようなことをわざわざ政府が国民に向かって言う必要があるのかどうか、家庭に政府が介入し過ぎている、という議論が起こるのも当然でしょう。与党内からも、「再生会議は、教育放談会議になっている」と言われるくらいです。
子どもの問題は家族の問題、これは誰も否定しないでしょう。
そして、家族の問題は社会の問題なのです。社会が子育てしやすい環境でなければ、家族がうまく機能しないのは必然的とも言えます。
まず社会の各種制度の整備が必要であって、親に健全な子育ての姿勢だけを押しつけるのは、反発が起きても不思議ではないでしょう。
「新編 家族の練習問題」の中には、親としての苦悩が、自分が親になって初めてわかる、というトピックスがあり、私は息苦しいほどの共感を覚えました。
自分が自分の親にしてきたこと。自分が親として子どもにしてきたこと。どれも矛盾と後悔と悔しさが入り混じっています。
家族の中で、例えば子どもの非行、父親の単身赴任、夫婦間の亀裂、虐待など、さまざまな問題が起きた時、家族というシステムを再生するのか、それともゆるやかに解体していくのか、千差万別のものであり、万人共通の法則などありません。
それをひとつの思想で括ってしまおう、という無茶なことをするのが時の政権であり、それに対して私たちは声をあげなければなりません。
家族はひとつのものであって、固有なもの、独立した個性をもったコミュニティであることを。

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卒園生からの手紙


何人かの卒園生からお手紙をいただきました。



みんな、元気に小学校へ通っているようです。



とてもうれしく思いました。



どうもありがとうございました!

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保育園は小学校の予備校ではありません!

新学期に入り、そろそろどこの学校でも、保護者会が始まる頃ではないでしょうか。

私が勤務する保育園でも、今日から保護者会が始まりました。

トップをきって今日は、新年長組でした。私は幼児クラスのフリー保育士なので、保護者会に出席しました。

その中で、新年長組の担任保育士が、小学校の教員から手に入れたという、「入学までに身につけてほしいこと」を読み上げました。

その内容は、「早寝早起き」に始まり、「自分でできることは自分でやる」「トイレの後始末は自分でやる」「人の話はきちんと聴く」「自分の名前を書けるようにする」…

次々と、「小学校へ入るための条件」が述べられていきます…

必死にメモを取るお母さんたち…

ちょっと待ってください。

確かに今の時代、健康的な生活習慣が身についていない子どもがたくさんいることは問題でしょう。

1人の先生が40人の1年生をみるのは大変なご苦労があるでしょう。

しかし、あえて述べれば、保育園は小学校の予備校ではありません。

小学校でここまでできるように、入学までに身につけてください、というのは、もともとおかしな話ではないでしょうか?

このように、学校教育の論理は、はじめに目標ありきの「トップ・ダウン」的思考が当たり前のようになっています。

しかし、子どもたちひとりひとりの発達は、日々ひとつひとつの積み重ねと、大人たちとの関係によって築かれるもので、いわゆる「ボトム・アップ」的な思考が基盤になるのではないでしょうか。

障碍を持った子どもの教育カリキュラムを計画する場合に「トップ・ダウン」的な見方から企画する場合はあります。これは、将来社会に出るための教育を行なうという視点に立つ必要があるためです。

しかし、小学校1年生の「入学条件」は、子どものためのもの、というより先生が授業をやりやすい子どもに仕立ててください、という保育園に投げかけた「宿題」のように思えてしかたがありません。

私の考え方、ちょっとひねくれているでしょうか…

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障碍診断の難しさ

「現代のエスプリ 476

スベクトラムとしての軽度発達障害Ⅱ」

2007年2月発行

至文堂

子どもに障碍があるかどうか、という診断をするのは医師(原則的には児童精神科医)が行う仕事です。

しかし、昨今の「軽度発達障碍」というあいまいな概念が、まるで流行のように教育関係者やマスコミで言われるようになり、私は個人的には、「障碍」という概念がいっそうわからなくなりました。

「軽度発達障碍」という診断名は実際には存在しません。

知的な遅れをともなわない、学習障碍(LD)、広い意味での自閉症圏を意味する広汎性発達障碍、注意欠陥/多動性障碍(AD/HD)などが軽度発達障碍のカテゴリーに入るとされています。ただ、これに知的に障碍がある子ども、あるいは境界とよばれる子どもたちを含めるかどうか、専門家でも議論が分かれるところです。

また、例えば広汎性発達障碍については、最近私の周囲で何人もの子どもがこの障碍名を診断としてつけられて来ました。この障碍の概念もあいまいなことは、子どもを観察していて実感するところです。「障碍の専門家が診断すれば、誰でも広汎性発達障碍と言われてしまうなぁ」と思うことはとても多いのです。

専門書を読んでも、諸説が並記されているだけで、ますますわからなくなります。

現状では、まず子どもの行動をよく観察して、その子どもの状態を知ることが大切だと思います。知能検査も大切ですが、発達を個体の成長と位置づけている諸検査は、あくまでも子どもを知る上での一部分にすぎないことを認識すべきだと思います。

子どもが発達する過程において、養育者(親)との関係、保育士との関係、兄弟の関係など、さまざまな人間関係を無視することはできません。いろいろな人との関わりから、子どもは発達するものだからです。どんなに優秀な子どもでも、一人で成長することはできません。

じっくり、じっくり、子どもとかかわっていきましょう。

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想い出の6年間


保育園の卒園式後に開かれた謝恩会で公開された映像のDVDをいただき、さっそく観せていただきました。



まずこの映像DVDを制作した卒園児保護者のMさんに感謝いたします。プロ並みの編集技術には、ただただ驚くばかりです。ありがとうございました。



この映像は、卒園生21人の誕生から卒園までの6年間の写真によって構成されています。多くがご家庭で撮影された写真で、バラエティがあり、とても楽しいものばかりです。



お子さんの成長の記録としては最高の映像なのではないでしょうか。



21人のみんなとめぐり会えたことを私は幸せに思います。



本当に、ありがとうございました。

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入学式

今日は、近隣の小学校の入学式でした。
私も保育園の近くにある小学校にうかがい、入学式に参列しました。
ぴかぴかの1年生。とても可愛らしかったですね。
お昼頃には、ほとんどの卒園した1年生が保育園へ来てくれました。

いろいろな色のランドセル…
再会の中の喜びと笑い

同時に、わずか一週間ぶりの再会でしたが、1年生のみんなが、ちょっと大きくなって、成長したように見えました。

新しい1年生の未来を祝福しましょう!

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