2013年10月19日 (土)

社会に出るということ

いろいろな事情があって具体的なことは差し控えます。

知的障碍を持つ私の子どもは、旧養護学校(現在の特別支援学校)の高等部を卒業しました。

その後、障碍者の就労支援施設で、さまざまな仕事の練習、体験を積み重ねて来ました。

そして、この度、実習を経てある企業に就職することが決まりました。

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最初は正直、信じられませんでした。

障碍者の企業就労が日本の社会では急速に発展しているのだ、と実感しています。

実は、障碍者の就労は、女性、高齢者等他の立場の人々の就労と、国の政策によって進められていることをよく知っています。

しかも、その政策の目的は、私たち一般の人間が理想とする考え方とは明らかに違う思想であることも明白です。

その内容はともかく、私たち一般市民は国の政策がどうであろうと、弱者の社会参加を支援します。

親として… 人間として…

(イラストは本文と関係ありません。クリックしても商品販売等ではありませんのでご安心を…)

2012年8月31日 (金)

マリア・モンテッソーリ生誕記念

今日は、マリア・モンテッソーリ生誕142周年の記念日です。

マリア・モッテッソーリを詳しく知りたい方はこちら

「モンテッソーリ教育」と言えば、保育や幼稚園関係の方ならどなたもご存じです。
それほど、日本の幼児教育にも影響を与えたと言えるでしょう。
マリア・モンテッソーリが初めて教えた子どもたちも、現在の研究では、知的障碍児あるいは自閉症児だったと言われているところも、深く考えるところです。

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上の写真は、ユーロが導入される前の、イタリアのリラの紙幣に描かれたマリア・モンテッソーリと、指導の場面です。

マリア・モンテッソーリはイタリアで初めての女性医師であり、シングル・マザーであり、時代の先端を走り続けた人、という印象があります。

日本では「円柱さし」に代表されるように、マリア・モンテッソーリが開発した「教具」が先行的に有名で、「モンテッソーリ教育は教具を使った英才教育」というイメージが強いようです。

また、モンテッソーリ教育を行なっている保育園を見学すると、その指導法やルール(指導者にも子どもにも)が厳格に決められています。指導者資格を取るための学習もかなり厳しいと聴いています。

ただ、イタリアのモンテッソーリ教育を行なっている幼稚園では、教具をほとんど使わない保育を行っている、という情報もあります。

ピラミッド・メソッドの教具がモンテッソーリ教育の教具と似ているのは、作っている教材会社が同じで、オランダにあります。マリア・モンテッソーリがオランダで亡くなったことも、何かのつながりがあるのかもしれませんね。

パラリンピック

パラリンピックのイメージビデオがすごいです。

感動します…

http://vimeo.com/46732057

2010年12月 6日 (月)

家族支援プロジェクト

家族支援プロジェクト
島田療育センターを訪問しました。

センターが主催する家族支援プロジェクトのお手伝いをさせていただきました。

療育センターは、ハンディを持ったお子さんの医療・療育(言語療法、作業療法、理学療法など)を行なうことが主な目的ですが、子どもを取り巻く家族の支援については、近年やっと世間でも重視されるようになりました。

昨日は二部構成で、最初は「お父さんの体験談講演会」、第二部は「交流会」でした。

私は二部でお父さんグループの進行を務めさせていただきました。

体験談を講演されたお父さんお二人が入っていただきました。他のお父さん方からの質問、悩みや不安などを話していただき、講演者のお父さんに答えていただく形で交流会は進みました。

開会前は、どのようなお父さん方が来られるのか一抹の不安がありました。

それは、一般的な傾向として、お子さんの問題に正面から向かい合わない、ハンディを否定するお父さんが多い印象があるからです。お母さんは日常的にお子さんのことを見ているので成長の偏りなどには敏感に感じるものです。

しかし、お父さんは普段からお子さんに接する機会が少ないことと、「うちの子に限って…」という意識が強い傾向にあります。「私も自分が子どもの時はこの子と同じようでした」という言葉を今まで何十回も聴きました。専門家や保育士の間では、いかにお父さんにお子さんの状況を理解していただくかが、最大の課題である場合も少なくありません。

ところが、昨日お会いした十数名のお父さん方は、どの方もお子さんの課題にしっかりと向き合おうという姿勢が強くはっきりと見えました。

日本もまだまだすてたものではありません!

(つづく)

2010年1月30日 (土)

全国障害者生活支援研究セミナー

全国障害者生活支援研究セミナー
全国障害者生活支援研究会主催のセミナーに参加しました。
引き続き、懇親会の方にも参加しました。
施設職員の方々の熱い思いと意欲、そして団結と連帯感に、あらためて感銘を感じました。
しかし、LD学会に出れば学校の先生ばかり。
精神医学の学会に出ればお医者さんばかり。
保育関連は保育士ばかり。
今日のセミナーは施設関連の職員ばかりで、異業種の私にとっては場違い感を感じさせました。

仲間内で盛り上がるのは大いに結構なことだと思います。
しかし、それだけでは力を結集して社会の流れを変え、本当の意味でのノーマライゼーション、自立支援を達成することは不可能でしょう。

支援する側にも意識改革が必要であることを考えさせられる1日になりました。

写真は、会場の新宿NSビルの窓から見た夕焼けに映える富士山。

2009年9月22日 (火)

CBCを立ち上げます!!

このたび、CBCという組織を立ち上げました。

CBCは、Child and family Base Camp の略です。

インターネットのツールを最大限利用して、子育て支援、親・家族支援、そして保育士や専門家の支援を行っていきたいと考えています。

詳しくは、「こころのもり」をご覧ください。

http://homepage3.nifty.com/kokoronomori/

また、ブログ「えほんかいじゅうのうちゅう 100万光年の心の旅」では、CBCに対する私の決意や思いを記事にしています。こちらもご覧いただければ幸いです。

http://kokoronomori100.blog105.fc2.com/

多くの方々に参加していただきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

2009年5月23日 (土)

八王子盲学校見学

今日は、八王子台町にある、都立八王子盲学校の学校公開にあたり、見学をしました。

学校内はとても明るい感じでした。床の板張りを見ても、決して新しい校舎ではないことがわかりますが、意識的に明るい感じを出しているようにも思えました。これは、特別支援学校にとっては、とても大切なことです。

特殊教育、特別支援教育と言われるような、ある意味別世界と誤解されやすいところは、どれだけ日常が一般的で、社会に近いものかという意識が職員・管理者の中にないと、障碍児と保護者からは敬遠されてしまいます。

その点では、校庭が野原のようになっていたり、照明を明るくして、とても良い雰囲気な学校だと思いました。

盲学校は、視覚障碍の子どもが通います。視覚障碍にもいろいろなケースがありますが、個々に対応する先生方は本当に大変だと思います。

ただ、特別支援学校に共通してある独特な「訓練的な口調」がここでもありました。これは賛否が分かれるところです。学校の先生方は、障碍があっても将来社会に出るための訓練を学校でしっかりと行ない、社会に受け入れられるような教育をめざしています。

しかし、そのハードルが高くなるほど、先生方の口調は、訓練型になって行きます。これは、障碍児の学校だけでなく、保育園にも見られることです。

ただし、社会や地域の人々の寛容さ、包容力、差別をしない、などの部分をそのままにして、障碍児の教育ばかりに熱心になってしまうのが、伝統的な日本の構図です。

もっと、障碍を持った子どもが、のびのびできる方策はないものか、と思いました。

(もちろん、八王子盲学校の先生方や教育方針を批判しているのではありません。障碍児教育・保育全般のこととしての考えです)

2008年4月12日 (土)

障碍は個性なのか

前職である、せいがの森保育園のホームページから、統括園長の主宰する組織のHPへ行き、さらに支援企業の「カグヤ」のHPを見ていました。

その中で、八王子市南大沢にある、特定非営利法人CEセンターの野田弘一氏が紹介されていました。野田氏は巡回相談、スーパーバイザー、障碍児の指導など幅広い活動を展開しています。せいがの森保育園においても心理相談員として、保護者・職員の力強い味方になっています。

その野田氏のコメント。

「障碍は個性です」

専門家と呼ばれる方から、よく聴かれる言葉です。

つまり、障碍を特別なもの、劣ったもの、差別するもの、排除するもの、などと捉えるのではなく、その子どもの個性として考えることによって、バリアフリーな社会を築こう、という思想があるのではないかと思います。

そのような考え方に私は異論ありません。

また、個性という意味を考える上で、次のような言い方もできます。

自転車に乗れないのは、もしかしたらその人の運動調節機能に障碍があるのかもしれません。しかし、自転車に乗れない人のことを「障碍者」とは呼びません。

つまり、読み書きや、社会性など、生きていく上でハンディキャップがたまたま障碍になってしまっただけであって、障碍はその人が持つ個性なのです。

しかし、障碍者の父親として、この「障碍は個性」という言葉には、正直引っかかるものがあります。

障碍児・者が世の中で生きていくのは、大変な障壁を数限りなく乗り越えていかなければなりません。これは重いとか軽いとか、障碍の程度によって変わることはありません。かつて「軽度発達障碍」と言われた学習障碍の子どもも、学校で地獄のような苦労をして来たのです。

そのひとりひとりの生きざま、苦渋、人と同じようにできないくやしさ、自分に対する情けなさ、やり場のない怒り、誰にも向けられない憎しみ。これらを生まれた瞬間から背負い続けているのです。

それらを「個性です」のひと言で片づけられるのでしょうか。

障碍児・者の立場に立てば、あるいは親の気持ちに寄り添ってみれば、きれいごとですまされるものではありません。

しかし、専門家の立場に立てば、きれいごとを言わざるを得ない現実があります。野田先生のように、ひとりで何百人のケースを持っていると、ひとりの子ども・家庭に深くかかわる余裕がありません。どこかで線を引いて、どこかで冷めた視点を持たないと、ビジネスとしては成り立たないのです。

私は、臨床発達心理士になった時から、障碍のあるなしにかかわらず、SOSを発信する子ども、親、家族には、最大限寄り添い、支援したいと考えて来ました。それは、どのようにクライアントを受容するか、ということでもあります。

きれいごとはやめましょう。

生身の人を私は受け入れていきたいと思います。

2008年2月 7日 (木)

障碍者は社会の敵になるのか

1日イラクの首都バクダッドの2か所の市場で同日に爆弾テロが起き、あわせて死者72名、負傷150名という大惨事になりました。

イラク軍報道官によれば、いずれのテロも、何者かが知的障碍のある女性二人の身体に巻きつけた爆発物を遠隔操作で爆発させたことが原因であると発表しました。
これが事実であれば、これほど極悪非道な出来事はないのではないかと思います。
イラクでは、これまでも女性による自爆テロがありましたが、障碍者を使うという新たなやり方は、強い憤りを感じます。

詳細はわかりませんが、テロに利用された知的障碍の女性には、本人の肉親あるいは教師などの信頼を寄せる人物が関わっていたことが推測されます。
なぜなら、知的障碍があるからと言って見ず知らずの人の言うことを聞いてその通りに行動する、ということは考えられません。

障碍のある人ほど、信頼している、愛している人でなければ命令に従うようなことはありません。
加えて、テロリストの首謀者たちがイスラムの若者に対して説くように「死ねば極楽に行って、何でも好きなことができる」というような類いの話に乗るとも思えません。
この事件の背後には、障碍者の身近な人がテロを支援している、と考えるのが妥当でしょう。

障碍者をぼうとくする社会は、必ず崩壊します。

なぜなら、すべての障碍児・者は、いつの時代、どこの世界にも存在します。障碍は本人の責任ではなく、社会の責任なのです。誰も障碍を背負って生まれたい、生きたいという人はいません。

しかし、人は障碍を受け入れる、受容することができます。障碍を単なる「負」ではなく、人間の生き方のひとつとして受け入れることができるのです。当事者やその家族でないとわからないことかもしれませんが、障碍があることで新たな人生の生きがいを得ることもできるのです。

したがって、社会は障碍児・者の生活を保障する義務があります。
社会を構成するのは、ひとりひとりの市民です。
その市民を虐殺するために障碍者が利用されるのであれば、障碍者は排除されることになりかねません。

これは対岸の火事かもしれませんが、日本の社会においても、暴力団がらみの犯罪に障碍者が利用されているという話を聞くことがあります。刑務所における障碍者の比率は非常に高いとも言われています。

弱者を弱いモノ、低いモノ、として扱うことがどれほど愚かなことか、私たちは考えてみる必要があると思います。

2007年11月23日 (金)

日本LD学会第16回大会

日本LD学会第16回大会
日本LD学会の第16回大会が、横浜・関内ホールで開かれ出席しました。約2000名が参加する大きな大会です。

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