K.Sさんへ

K.Sさん、8さいのおたんじょう日おめでとうございます。

このまえ保育園に行ったら、おとうとのSくんにあいました。いつもげんきですね。

Sさんは、げんきで小学校へ行っていますか。

もう、足のひざはケガをしなくなりましたか。

それとも、またケガをしてしまいましたか。きをつけてください。

げんきいっぱいのSさんのえがおが、わたしはだいすきです。

かっこいいお父さんも、びじんのお母さんもだいすきです。

また、みんなであえるといいですね。

べんきょうはむずかしいですか。

こんど、おあいしたら、しょうがっこうのはなしもきかせてください。

ずっと、ずっと、げんきでいてください。

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M.Mさんへ

Mさん、8さいのおたんじょう日、おめでとうございます。
ほんとうは、もっとはやく8さいになっていたのですよね。
うっかりしてしてまい、ごめんなさい。

小学校はたのしいですか。
べんきょうはむずかしいですか。

なんにでもがんばるMさんは、きっとクラスでもみんなのリーダーになっているのではないでしょうか。

またいつか、おあいできる日をたのしみにしています。
Mさんのお父さん、お母さんにもおあいして、お話がしたいですね。

どうぞ、げんきでいてください。

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Yさんからのてがみ

Yさんからのてがみ
2年生になったYさんから、おてがみをいただきました。
Yさん、いつもどうもありがとうございます。

わたしは、きょう、せいがの森ほいくえんへ行きました。
みんな、わたしのことをおぼえていてくれて、ひさしぶりにあそびました。

あとになって、2年生になったYさんたちみんなにも、あいたくなってしまいました。

また、いつか、みんなであそびましょうね!

Yさんのおてがみでは、さんすうのべんきょうが、むずかしいそうですね。
かけざんもはじまったのでしょうか。
おぼえることがたくさんあるかもしれませんが、1ど、おぼえてしまえばおもしろくなるとおもいます。

じぶんのペースで、むりをしないで、ゆっくりとがんばってください。

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「明日への遺言」

「明日への遺言」という映画を観ました。

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第二次世界大戦後、名古屋の住宅地一帯を無差別爆撃を実行したアメリカ軍搭乗員処刑の罪に問われ、戦犯裁判にかけられた元東海軍司令官・岡田資中将。空爆は軍事施設に限定した国際条約に違反した無差別爆撃を行なったアメリカ軍搭乗員はジュネーブ条約に規定された捕虜ではなく、戦犯であるという主張を一貫として行ない、法廷闘争を法による闘い―「法戦」と名づけ立ち向かう岡田資中将。

部下を守り、すべての責任は命令を下した自分にあるとする岡田氏の潔い姿は、次第にアメリカの検察官や裁判官をはじめ、法廷内、収容所内にいる人々の心を動かしていきます。

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そして、言い渡された判決。

死と向き合い、若い部下を思い、家族の行く末を思い、そして生命をかけて責任を果たした岡田資中将。

その日、立ち会った僧侶が「お別れです」と言葉をかけたのに対し、「なあに、ちょっととなりまで行ってくる気分ですよ」と言って処刑場へ消えた…

ほとんどのシーンが法廷での場面で、主演の藤田まことの迫真の演技が光りました。弁護士役のロバート・レッサー、検察官役のリチャード・ニールもいい味を出しています。

さまざまな偽装問題が毎日のように報道される現代。怒鳴るように言い訳する人々。自分さえ良ければいい、自分だけを大切にする、という風潮が強い世の中。家族の愛情に支えられ、一旦自分が背負った責任は最後まで果たそうとした岡田中将のような人は、現代社会にはいないように思います。

決して過去の話というだけで片づけるのではなく、私たちは社会に生きる以上、何かしらの責任があることを自覚する必要があるのではないでしょうか。

大人として、父として、母として、企業人として、社会人として…

岡田中将が単なる意地だけで主張していたのではなく、自ら信仰する仏教の教えに従い、お経を唱え、座禅を組み、瞑想をしながら自分の気持ちの糸を張り続けた姿には、学ぶものが多いと思います。

自分の主張だけをすればいい、というのが世の中の流れのようですが、私は重荷から逃げ回ることよりも、与えられた責任を最後までまっとうすることを選びたいと思います。

今、責任ある仕事をする上で、岡田中将の気持ちに少しでも近づきたいと思いました。

若い人たちにも観てほしい映画です。

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「犬と私の10の約束」

「犬と私の10の約束」という映画を観ました。

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人が犬と一緒に暮らす時の約束を「犬の気持ちからのお願い」という形で「犬の10戒」というのがあるそうです。それを紹介するサイトは世界に100万以上あるそうです。

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  1. わたしと気長につきあってください。
  2. わたしを信じてください。それだけでわたしは幸せです。
  3. わたしにも心があることを忘れないでください。
  4. 言うことを聞かない時は、理由があります。
  5. わたしにたくさん話しかけてください。人の言葉は話せないけど、わかっています。
  6. わたしをたたかないで。本気になったらわたしの方が強いことを忘れないでください。
  7. わたしが年をとっても、仲良くしてください。
  8. あなたには学校もあるし友だちもいます。でも、わたしには、あなたしかいません。
  9. わたしは10年くらいしか生きられません。だから、できるだけわたしと一緒にいてください。
  10. わたしが死ぬとき、お願いです。そばにいてください。そして、どうか覚えていてください。わたしがずっとあなたを愛していたことを。

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とても感動する映画でした。

人間よりもはるかに寿命が短い犬とのつき合いは、生まれる時から死ぬ日まで続きます。この10戒は、犬と人との約束だけではなく、人と人の約束でもあるように思えます。

特に、最後の10番目の約束は、逝く時に愛する人たちが見送ることの大切さを教えてくれます。

なぜ、つらい死に向き合わなければならない犬を人は家族にするのでしょうか。

映画の中で、主人公のあかりは犬のソックスをとても大切に可愛がります。しかし、中学、高校、大学と成長するにつれて、あかりの人生も多様になり、ソックスとのつながりは希薄になってしまいます。

しかし、ソックスはいつまでもあかりのことを待っています。獣医になったあかりがそのことに気がついた時、ソックスは天国へ旅立ちました。

ある意味では、大切な人との別れの練習を犬はさせてくれているのかもしれません。

すべての動物は、人と共存する生き物です。特に、犬や猫は、人と一緒に歩んできた歴史があります。そのことを深く考えさせられました。

私は、主演の田中麗奈さんと、父親役の豊川悦司さんの親子関係がとても印象に残りました。私は実生活では一応3人の娘の父親ですが、その役割をはたしているかというと、とても疑問です。山あり谷ありの親子の歴史を観たようです。

名作ではないかもしれませんが、とても素晴らしい作品でした。

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「砂時計」

「砂時計」という映画を観ました。

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エンド・クレジットが流れるまでまったく知りませんでしたが、原作は芦原妃名子さんという方による少女漫画です。

最近のドラマは原作がマンガばかりだなぁ、と感じることが多かったので、「砂時計」もそのことを知っていたら、劇場で観ることはなかったかもしれません。

映画は、島根の自然を十分に見せていました。忘れられた里山の風景を堪能することができました。

私のように、今まで生きた年数が長いと、このような恋愛ものは、とても複雑な気持ちにさせてくれます。物語の結末も気になりますが、自分の経験して来たこととだぶってしまいます。

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砂時計の下に落ちた砂が過去、細いところを通り抜けている真ん中が現在、そしてまだ上に残っている砂が未来。これは当たり前のようで、とても奥が深いと思います。

砂時計をひっくり返せば、過去が未来になる。

これは、若いとは言えない私にとって、力強い言葉です。

いつまでも、恋愛をしていたいですね。

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オリンピックへの失望感

子どもの頃は、オリンピックに対する期待と高揚感があったことを覚えています。

最も古い記憶は、1964年の東京オリンピックでした。その後、1968年のメキシコ大会を経て、1972年にはドイツのミュンヘンで開催されました。

ミュンヘンオリンピックの当時、私は中学生でバレーボールをやっていました。日本の男子チームが全盛期を迎え、今では信じられないことですが、みごとに金メダルをとりました。準決勝の「ブルガリア戦の大逆転」などは、夜中までテレビの前にクギ付けになって観たものです。当時世界一速いと言われた森田選手のドライブサーブをまねしたり、嶋岡選手のサーブを研究したものです。

娯楽が少なかったと言えばそれまでですが、4年に一回のオリンピックは、スポーツ少年にとって、大きな祭典でした。

その後、1976年のモントリオール大会では、体操のコマネチ選手が活躍しました。

しかし、華やかな裏では、オリンピックは確実に政治と戦争によって崩壊への道を歩んでいたしのです。

72年のミュンヘン大会ではパレスチナゲリラによるイスラエル選手団の虐殺事件が起き、モントリオール大会では台湾の参加が中国の政治的圧力によって取り消され、80年のモスクワ大会はソビエトのアフガニスタン侵攻に抗議して、日本を含む西側諸国が参加をボイコットしました。その後もオリンピックと政治は深く根が絡み合って現在に至っています。

そして、今回の北京大会を前にして、チベット問題が世界から注目されています。聖火リレーへの抗議の妨害行動、それを阻む大警備陣、ナショナリズムまる出しの中国人たち。

オリンピックに政治を持ち込んではいけない、とよく言いますが、政治の方が勝手にどんどん踏み込んでしまっているのが事実です。

オリンピックを国威発揚の場とし、民衆のナショナリズムを喚起させ、外国の意見にはまったく耳を貸さない、という国の姿は、ナチスドイツによって開催された1936年のベルリンオリンピックを思い出させます。

もう、オリンピックに対する想いは虚しくなってしまいました。東京で再びオリンピックを開催する意味もないと思います。国と国が競うことは、マイナスばかりではないかもしれませんが、政治や戦争とセットになっている以上、もうやめた方がいいと思います。

愚かなオリンピックには興味がありません。むしろ、嫌悪感を覚えます。

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死刑は本当に必要なのか…

母子殺害事件の被告に死刑の判決が出たことにより、マスコミでさまざまな論調が流れています。

この事件の争点は、犯行当時未成年だった被告に極刑である死刑は妥当か、ということと、若い母親と幼い子どもを殺害した、という残虐性に対する死刑の意味ではないかと思います。

死刑を認める人の最大の主張は、犯罪の抑止力としての死刑を挙げます。また、殺人という罪を犯した者は、死をもって償わなければならない、という意見もあります。この事件の遺族も同様のことを記者会見で述べています。

一方、死刑廃止の主張は、死刑が犯罪の抑止にならないどころか、事件の真実を隠ぺいしてしまうと言います。確かに、小学校で生徒を多数死傷させた被告は、事件の真相や心の内側をまったく明かさないままに、世論の支持を受ける形で死刑になりました。

私も、もし最愛の家族が殺されるようなことがあれば、犯人は死刑にすべきだ、と声高々に言うかもしれません。

しかし、一時の感情だけで、極悪非道の人であっても、死刑という合法的に生命を奪い取ることは、はたして正しいことなのでしょうか。

論点から外れてしまうかもしれませんが、日本の刑事罰の場合、死刑の次に軽いのが終身刑ですが、実際には終身刑になった人が仮出所という形で社会に戻る場合があるようです。これが、死刑という足かせを外せない理由かもしれません。つまり、無期懲役と判決が出ても、本当の意味での終身刑ではないのです。

肉親を殺された遺族にとって、犯人が社会に帰って来るのは、感情的にも許せないでしょう。社会一般の人々にとっても、殺人を犯した人が10年や20年程度で刑務所を出て、社会復帰することに疑問を持つと思います。

死刑ではなく、生涯生き続ける中で罪を償う方法はないのでしょうか。「目には目を」「殺人には死刑を」という出口がない迷路の中をいつまでもさまよい続けることに、私たちはそろそろ考え直す時が来たのではないでしょうか。

本当の意味で、犯罪を抑止するには、厳罰化ではなく、犯罪を起こさせない社会の構築ではないかと思います。特に教育、心理学や心理療法に取り組む人は、それを考え実行する必要があるのではないかと思います。何もしないで、最初から諦めるのは終わりにしたい気持ちでいっぱいです。

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T.Rくんへ

T.Rくん、8さいのおたんじょうびおめでとうございます。

いまでも、ドラゴンボールをみていますか。

いまでも、ベジータがすきですか。

つよい人にあこがれることは、とてもいいことだとおもいます。

そして、Rくんがもっている、

やさしさもたいせつにしてください。

また、キャンプにさそってください。

こんどは、わたしも川にはいりたいです。

おとうさん、おかあさん、おねえさんによろしく。

また、おあいできる日をたのしみにしています。

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こぐま会25周年記念

こぐま会25周年記念
13年ほど前のことですが、当時勤めていた幼児教育実践研究所「こぐま会」の創立25周年記念パーテイーに招待されました。

懐かしいスタッフとも感動の再会をしました。

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私の隣にいる方は、最初に勤務していた多摩市の保育園でお世話させていただいたA子さんです。すっかりきれいな女性になっていて、再会した時は、ドキドキしてしまいました。今は都内の某有名美術館に勤めているそうです。

こぐま会は、有名私立・国立小学校の受験教室として、その方面では大変有名になりました。三省堂を始め、全国の大型書店で教材を販売し、毎年たくさんの子どもを有名校へ送り出しています。

私は、こぐま会の教育システムが受験教育だけに使われるのではなく、将来は障碍児の療育にも応用されることを期待しています。実際、私は「IEPのびのび教室」(多摩市永山)の指導員をしていた時には、障碍のある子どもたちに、こぐま会のペーパー教材や絵カードを多数使って指導をしていました。

多くの子どもたちのために、このような教育資産が使われることを祈っています。

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二女の誕生日

今日は二女の誕生日です。

私と1日違い。今日で20歳になります。

いよいよ成人の仲間入りですね。

「コラボいなぎ」という就労支援施設で働き始めて2年目を迎えました。やっと仕事のペースにも何とか慣れて来たようです。

まだまだディズニー・リゾートに行きたいお歳ですが、そこが娘としては可愛いですね。

知的障碍というハンディキャップを背負って、これから歩む道は決して平たんなものではありません。私が元気に働ける間は何とかできても、親が死んだ後のことを考えると、胸が苦しくなります。

現在の日本の社会構造は、障碍者や高齢者などの弱者はどんどん追いつめられて、崖っぷちまで来ています。障害者自立支援法などにより、経済力がある人だけが人間としての生活を保障されている社会の中で、障碍者の親としては、将来がとても不安になります。

でも、YURIEさん。

辛いことや悲しいことばかりが世の中ではないと、私は信じています。

あと何年一緒に暮らせるかわからないけど、あなたのために私は一生懸命がんばって働きます。

あなたは、あなたの人生を送ってください。

そして、楽しむ時は、おもいっきり楽しんでください。

20歳の誕生日、おめでとうございます。

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49歳最初の日

当たり前のことながら、49歳最初の日を迎えました。

40代最後の一年が始まりましたね。

子どもの頃は、40歳、50歳なんてはるか雲の彼方で想像もつきませんでした。でも、実際にその歳になってみると、あまり変わり映えはしません。

確かに肉体は衰える一方ですが。最近は眼もかすれて来たし。中学の同級生の中には、すでに他界した方もいます。そんなことを考えると、先がどうなるのか、わかりません。

しかし、気持ちは18歳や20歳の頃とあまり変わらないつもりです。気力も若い頃よりは充実している感じがします。

それも、今は責任ある立場で社会にいるからでしょうか。

とにかく、つぶれないこと。これが今、いちばん大切にしていることです。

卒園した2年生のみんなにも、また会いたいので、健康を維持することが第一ですね。

48歳で、こども環境管理士の資格を修得したので、また、この1年がんばるための新たな目標を立てたいと思います(後日発表…)。

ここまで何とか生きて来られたことに、深く感謝したいと思います。

そして、これからも、自分の力を自覚しながらがんばりたいと思います。

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48歳最後の夜

気がついたら、今日は48歳最後の日でした。
当たり前のことですが、明日は49歳になります。

シュタイナー教育で有名なルドルフ・シュタイナーによれば、人間は生まれてから7年ごとに大きな節目を迎えるそうです。ということは、私は明日で人生7度目の節目の年になるようです。

振り返れば、7年前は、幼稚園に勤務していて、当時の副園長から激しいパワーハラスメントの攻撃を受けました。心身ともに疲れはててしまい、うつ病になり、自殺の願望すら目の前をよぎったくらいです。

その後、新たな出会い(せいがの森保育園)があり、私は保育園の世界へ戻り、今に至っています。

さらにその7年前は、独立して個人塾の経営に乗り出し、みごとに失敗した頃です。経済的には一番苦しかった時期でした。思い出に残るエピソードは、ファミレスに家族で行った時、子どもはハンバーグを食べ、私は水だけでした。まるで昔流行った「一杯のかけそば」みたいですね。

さらに、その7年前は公務員を辞めた頃です。そのまた7年前は二女が生まれた頃です。

こうして考えてみると、私もいろいろな歴史があったことになります。

「人に歴史あり」とはよく言ったものです。
今夜は、48歳最後の夜。
さて、何をしましょうか…

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こども環境管理士

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日本生態系協会認定の「こども環境管理士1級」に合格し、認定証が送られて来ました。

こども環境管理士は、昨年度に第1回の試験が行われました。日本生態系協会と言えば、何と言っても「ビオトープ管理士」で有名ですが、こちらの方は3回受験して、3回とも落ちてしまいました。

こども環境管理士の1次試験(筆記)も、ビオトープ管理士並みのかなり高度な問題が多く出題されました。地球温暖化、ゴミ処理、リサイクル、などの環境問題を始め、自然生態系に関するもの、花や鳥の名前など、幅広い範囲に渡って問われました。

私がこの資格試験を受けることにしたのは、子どもたちに正しい環境教育をしたい、というのがいちばんの動機でした。環境を大切にすることを子どもたちに伝えるには、自然環境を守ろうという心を育てなければなりません。そのためには、自然の良さ、楽しさ、おもしろさを子どもたちが実感しなければ、それを大切にしようという気持ちにはなりません。

保育園の中で、自然の楽しさを子どもたちに体験的な学習をしてほしいのです。

地球環境問題は、世界全体の課題であり、私たちがこれに正面から向き合わなければ、明日の子どもたちの世界は暗いものとなってしまうでしょう。

アースディが近づいていますが、環境問題に取り組んでいるという人は、(申し訳ありませんが)「お祭り気分」が主で、現実の姿や正しい知識を回避している方が少なくありません。運動を盛り上げるためにお祭り的な要素は確かに必要ですが、それだけでは単にゴミと二酸化炭素を排出しているだけにすぎません。

例えばゴミ処分場で、生ゴミを焼却する時に、効率よく燃やすために重油を使っているという事実があります。重油を使うくらいならペットボトルを一緒に燃やした方が余計な油を消費せずにすむ、と主張する人もいます。

また、スーパーのレジ袋は最近では悪の根源のように言われますが、元々は廃油から作っているのでコストは非常に低いそうです。それと比べて、自治体が作る有料のゴミ袋は純製油から作るのでコストが高くなり、何のための有料化なのかわからなくなります。

また、世界に目を向けても、独裁者と大量破壊兵器撲滅を大義名分に、イラクの人々を多数死傷させ、劣化ウラン弾による放射能汚染を実行した元イギリス首相が、今になって地球環境問題解決のために演説しても、それは偽善でしかありません(その元首相をスタジオに招いて笑顔いっぱいのトークショーを行った日本のテレビ局と有名キャスターのお人好しさには、はっきり言って閉口です)。

子どもたちの明日を考えるために、真の環境問題を見つめ、本当の解決は何か、を考えることが、この資格の意味だと思います。

これからも、子どもたちと、そして若い保育士たちと、自然環境の大切さを考えて実践していきたいと思います。

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障碍は個性なのか

前職である、せいがの森保育園のホームページから、統括園長の主宰する組織のHPへ行き、さらに支援企業の「カグヤ」のHPを見ていました。

その中で、八王子市南大沢にある、特定非営利法人CEセンターの野田弘一氏が紹介されていました。野田氏は巡回相談、スーパーバイザー、障碍児の指導など幅広い活動を展開しています。せいがの森保育園においても心理相談員として、保護者・職員の力強い味方になっています。

その野田氏のコメント。

「障碍は個性です」

専門家と呼ばれる方から、よく聴かれる言葉です。

つまり、障碍を特別なもの、劣ったもの、差別するもの、排除するもの、などと捉えるのではなく、その子どもの個性として考えることによって、バリアフリーな社会を築こう、という思想があるのではないかと思います。

そのような考え方に私は異論ありません。

また、個性という意味を考える上で、次のような言い方もできます。

自転車に乗れないのは、もしかしたらその人の運動調節機能に障碍があるのかもしれません。しかし、自転車に乗れない人のことを「障碍者」とは呼びません。

つまり、読み書きや、社会性など、生きていく上でハンディキャップがたまたま障碍になってしまっただけであって、障碍はその人が持つ個性なのです。

しかし、障碍者の父親として、この「障碍は個性」という言葉には、正直引っかかるものがあります。

障碍児・者が世の中で生きていくのは、大変な障壁を数限りなく乗り越えていかなければなりません。これは重いとか軽いとか、障碍の程度によって変わることはありません。かつて「軽度発達障碍」と言われた学習障碍の子どもも、学校で地獄のような苦労をして来たのです。

そのひとりひとりの生きざま、苦渋、人と同じようにできないくやしさ、自分に対する情けなさ、やり場のない怒り、誰にも向けられない憎しみ。これらを生まれた瞬間から背負い続けているのです。

それらを「個性です」のひと言で片づけられるのでしょうか。

障碍児・者の立場に立てば、あるいは親の気持ちに寄り添ってみれば、きれいごとですまされるものではありません。

しかし、専門家の立場に立てば、きれいごとを言わざるを得ない現実があります。野田先生のように、ひとりで何百人のケースを持っていると、ひとりの子ども・家庭に深くかかわる余裕がありません。どこかで線を引いて、どこかで冷めた視点を持たないと、ビジネスとしては成り立たないのです。

私は、臨床発達心理士になった時から、障碍のあるなしにかかわらず、SOSを発信する子ども、親、家族には、最大限寄り添い、支援したいと考えて来ました。それは、どのようにクライアントを受容するか、ということでもあります。

きれいごとはやめましょう。

生身の人を私は受け入れていきたいと思います。

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K.Yさんへ

Yさん、おたんじょうび おめでとうございます。birthday

Yさんは、8さいになりましたね。

4月からは、しょうがく2年生。またひとつ、おねえさんになりましたね。

しょうがっこうは、たのしいですか?

がくどうクラブでは、どんなことをしているのですか?

べんきょうは、なにがすきですか?

また、いろいろおはなしを きかせてくださいね。

Yさんは、お友だちをとてもたいせつにしていますね。

たくさんのお友だちと、いっぱいあそんでください。

まえにいただいた、もえぎのむらのしゃしん、

とてもたいせつにしています。

Yさんは、カメラでしゃしんをとるのが、とてもじょうずだとおもいます。

カメラガールになれますね。

Yさん、

また、どこかで おあいできる日をたのしみにしています。

元気でいてください。

今日は、おたんじょうび おめでとうございます。

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ハローワーク

仕事の関係でハローワークへ行きました。

かつては「職安」と呼ばれていましたが、今ではイメージが一新された感じがします。

でも、大雨の今日のような日でも、求人票のコーナーやパソコンの前は、真剣な眼差しの人であふれ返っていました。世の中は、まだまだ仕事を求める人がたくさんいて、不景気なのだと実感しました。

かつて私も恵比寿にある幼児教室の講師を退職した後に、6か月間失業手当の受給と求職のためにハローワークへ通いました。

仕事を探しに行く、というのはやはり気持ちが沈んでしまいがちになります。

私は、今振り返れば、あのハローワークに通っていた6か月間が今までの人生の中で、最もどん底でした。

求人が何千、何万件とあっても、自分に合った仕事を探すのは、なかなか難しいと思います。それは、求人をする側に立っても強く感じることです。

時代は変わって、障碍者、高齢者、ニート、などさまざまな方々への対策がハローワークでも行われていることを知りました。さまざまな支援策を雇う側もうまく利用しながら、雇用の拡大を模索できればいいなぁ、と思いました。

実際は、そんな甘いものではありませんが…

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君が代斉唱

小学校の入学式に参列しました。

当然ですが、最初に「君が代」斉唱がありました。

私は、正直に言って、君が代を聴いたり、日の丸を見ると心がジーンとします。でも、それは、オリンピックで日本代表選手が金メダルを獲得した表彰式など、ごく限られた場面に過ぎません。

学校の入学式や卒業式では、何の感動もありません。

この差は、いったい何なのでしょうか?

それは、自ら湧き上がる感激なのか、それとも外部から強要されているか、という違いだと思います。

君が代も、日の丸も、道徳も、愛国心も、自分の内から湧き上がるものがなくてはならないのです。

上からの強要は、まったく意味がありません。

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新しいブログを始めました

すでに書き込みを始めていますが、新しいブログを開設しました。

「かいじゅう先生の園長日記」です。

http://kokoronomori.tea-nifty.com/kaizyusensei/

上をクリックしていただければ見ることができます。

私の新しい仕事と職場を紹介しています。

どうぞよろしくお願い致します。

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新園スタート!!

新園スタート!!

今日から4月です。
新しいスタートです。
私も新たなる第一歩を踏み出しました。

前職である、せいがの森保育園の職員の皆様より、とてもすてきな祝電をいただきました。

ありがとうございます!

また、新宿せいが保育園のN先生より、ポ二ーテールという素敵な鑑賞植物をいただきました。

ありがとうございます。

多くの方々から、たくさんのご好意をいただき、私は幸せです。
がんばれるパワーがわいてきました。

今日は早番から遅番までの勤務で、土曜日を含めてしばらくは忙しい仕事が続きます。
でも、今日の喜びを忘れずにがんばりたいと思います。

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一年の終わりの日

今日、3月31日は年度末です。仕事の上では、ひとつの区切りをつけて、新たな道に向かって、さまざまな別れの日でもあります。

保育園に通っていた子どもたちは、今日が最後の登園になりました。明日から学童クラブへ行く子も多いことでしょう。

送り出す保育園も、明日からは新しい子どもたちが入園して来ます。

別れと出会いの交錯するのが、今日と明日です。

一年、一年、いろいろな別れと出会いを繰り返していく中で、自分の存在という意味を考えることがあります。特に歳を重ねるにつれて、娘くらい離れた若い人と出会う機会を持つたびに、「この人にとって、私はどんな人なのか…」ということを考えます。

自分自身が社会に出た頃、今の私と同じくらいの人たちと出会って、語り合ったり、尊敬したり、疑問に思ったり… と、さまざまな思いがありました。

少なくても、今の自分が若い人たちの足を引っ張ったり、嫌な思いをさせたりしないようになれればいいと思います。

そして、出会いの明日を迎えようとしています。

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感謝状

感謝状

先週の日曜日、前に勤務していた保育園の卒園式に出席しました。
謝恩会も終わり、引き上げようとしていたら、父親の会のお父さんから感謝状をいただきました。
とても、うれしかったです。
どうもありがとうございました。

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魔法にかけられて

魔法にかけられて

ディズニーの新作映画「魔法にかけられて」を観てきました。
アニメーションの世界と現実の世界がつながったら… というユニークなお話でしたが、大人の鑑賞にも答えられるような内容になっています。ラストの結末は、大人には理解できても、子どもには違和感を感じさせるかもしれません。
美意識の違いなのかもしれませんが、現実世界にやって来たお姫さまは、少し老けてしまったような感じがしました。
難しいことは何も考えたくないカップルには、オススメかも…

それにしても、ディズニーはいろいろなアイデアをつぎつぎと考え、これでもかというくらい投入してきますね。
日本人は、私の家族も含めて、本当にいいお客さんだと思います。
これは、皮肉でも批判でもなく、正直な気持ちです。
ディズニーランドという人工な仮想世界の楽しさを素直に味わうのは、とてもうれしいと感じます。
子どもの頃に、毎週日曜日に観ていた「ディズニーランド」は、娯楽が乏しく、飢えた私たちのあこがれでした。
その仮想世界から抜け出せないのは、どうしてでしょうか。

さすがに子どもが大きくなってからは、ディズニーからも距離を置くようになりましたが、心のどこかで、この夢の世界を今でも求めているのは本当なことです。

たとえ、くだらないおとぎ話であっても…

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木下大サーカス

木下大サーカス
立川で公演している木下大サーカスを観に行きました。
ライオンやトラの猛獣の芸、空中ブランコ、球体の中を爆走するオートバイなど、基本的なショーの内容は、昔と変わりなく、なんだかホッとしました。
その変わりない、伝統芸とも言えるようなショーに、観客の子どもたちも、すっかり魅了されていたようです。

本当は保育園を卒園した1年生たちを誘って行きたかったのですが、安全面での保障に自信がなかったので、今回は見送りました。

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人はなぜ宇宙へ行くのか

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アメリカのスペースシャトルが打ち上げられ、宇宙ステーションの建設が記事として新聞に掲載されるたびに、比較的よく取り上げられるのが「なぜ巨額な費用をかけて宇宙へ行くのか」という問題です。

近年、中国も宇宙へ進出していますが、軍事目的のためとも言われています。宇宙空間から艦艇や航空機、ミサイルなどを監視することにより、広範囲な防衛または攻撃システムを構築するための宇宙開発が加速しています。

軍拡は、今や宇宙まで広がりつつあるのです。

本当にそれでいいのでしょうか。

人には、本能的なものとして、未知のものを開拓したり、謎に挑んだり、問題にチャレンジする精神が備わっています。

宇宙は、人にとって最後の開拓地であり、多くの謎と無限の空間が広がっています。その宇宙へ進出することは、人の欲望を満たすものではないでしょうか。

将来的には、地球の資源が枯渇する危機に対処するために、月や火星、さらにはアステロイドベルトの小惑星帯へ開拓することが考えられます。もちろん、何十年も先の話ですが。

22世紀あたりになれば、月や宇宙空間に人が恒常的に生活する時代が来るかもしれません。

人殺しのための軍事力を増強するかわりに、宇宙開発・探検へシフトすることが人類の平和を推し進めることになるのではないかと思います。

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損と得の感情

世の中を見渡せば、新銀行東京の不良債権、餃子問題の対応、賞味期限切れの弁当販売など、どれを取ってみても損得だけの感情がはびこっているような気がします。

新しい職場に入って、たくさんの人々と出会う中でも、この「損得」の感情に、毎日のようにぶつかります。

どのようなことでも、損と得だけで思考することは、はたして正しいことなのでしょうか。
もちろん、人は霞を食べて生きていくことはできません。
働いてお金を稼がなくては何もできないことは、十分に承知しています。

その上で、あえて問うならば、何でも自分の損得だけで考えることは正しいことなのでしょうか。

自分の得だけを考えていては、福祉の仕事はできません。
自分を犠牲にすることは、かならずしも正しいとはいえませんが、人のためにつくすことは、損得感情を越えて素晴らしいことだと思います。

保育も含めて、福祉の仕事は一生懸命やっても、手抜きでやっても、給料は変わらない場合が多いものです。
だからこそ、自分の損得や、エゴを超えて命をかけるくらいの情熱を持って取り組む仕事なのではないでしょうか。

このことを私はみんなに伝えていきたいと思います。

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感情の対立

今日が、63年前の東京大空襲の日だったと、何人の人が知っているでしょうか。
今朝、たまたま八王子市長による庁内放送を聴き、平和を呼びかける言葉に無力な虚しさを感じました。

大型爆撃機による無差別な爆撃は、非道な虐殺でした。

しかし、それは悲しみと憎しみしか生まれません。大虐殺と平和の間には、あまりにも距離がありすぎて、後世の私たちには、実感がかけらも感じられません。

その現代においても、人は感情による対立をさまざまな形でさらけ出しています。
日本の捕鯨船に対する自称保護団体の抗議行動も、クジラの生命を守るというよりも、日本人に対する感情的対立しか見えません。

今、世界中で起きている紛争は、すべて感情の対立という言葉で説明できるのではないでしょうか。
過去も、今この瞬間も、そして未来も、人と人の感情は対立し、その結果として悲劇がくり返されるのを、ただ見つめることしかできないのでしょうか。

私がカウンセリングをおこなう時の第一の信条は、クライアントを信じることです。
つまり、無条件で相手を受け入れることです。
相手の人に対して、疑念を抱いたりした瞬間に、正常なカウンセリングをおこなうことはできなくなります。

プロのカウンセラーからすれば、それは甘い考えとみえるかもしれません。
しかし、それでも私は公私において、人との感情の対立を避けて、ひとりひとりを信じ、受け入れていきたいと思います。

たとえ、それが虫ほどの微力であったとしても…

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ライラの冒険

ライラの冒険
映画「ライラの冒険―黄金の羅針盤」を観てきました。

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口述試験

口述試験
今日は、「こども環境管理士」の口述試験を受けました。
会場は、池袋の東京芸術劇場で行なわれました。

地球環境問題、自然を保全するとはどういうことか、緑化の問題点、自然環境が少ない都会における教育のありかた、外来種の問題、ビオトープ利用した環境教育など、短い時間でしたが、さまざまなテーマについての質問が出されました。

すべてに完璧な答えを言えたわけではありませんが、自分なりにベストをつくしました。結果は3月に発表されます。

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バレンタインデーのプレゼント

バレンタインデーのプレゼント
二女がバレンタインデーのプレゼントをくれました。
自ら通う、コラボいなぎのお菓子です。
左から、パウンドケーキ、ヘーゼルナッツクッキー、マドレーヌ、クッキーです。撮影をする前に、チーズケーキを食べてしまいました。

yurieちゃん、どうもありがとう!

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引っ越し終わりました。

朝8時30分から始まった引っ越しは、夕方には無事に終わりました。
今度も団地なので、1階から5階まで、ご近所さまにご挨拶をしました。
どの部屋も、まだ当分は段ボールでいっぱいです。
新しい生活が始まります。

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引っ越し前夜

引っ越し前夜
いよいよ、明日は引っ越しです。

22年間住み続けたこの部屋ともお別れです。
人生の中で、最も激動的な時期を過ごしただけに、数えきれない想い出があります。

どうも、ありがとう。

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金龍小学校の想い出

金龍小学校の想い出

押入れを整理していたら、古い一冊の本が出てきました。

「金龍小学校50年史」

私が卒業した東京都台東区にある、区立金龍小学校は、開校したのが明治45年です。この本は昭和38年に刊行された、と書いてあります。
小学校の名前は、「金龍山浅草寺」から取ったものだと思われます。

金龍小学校の想い出

私が昭和41年に入学した時も、写真の校舎でした。戦前からの建物で、昭和20年3月10日の東京大空襲の時は、周囲が焼け野原になるも、奇跡的に延焼を免れたそうです。

それだけに、重々しく、どこか暗い感じの校舎でした。
階段も廊下や教室の床が、油のぬった木だったのを覚えています。歩くと、ギシギシときしむ音がしました。

先生方は大変厳しくて、6年生の担任だった先生は特攻隊帰りの軍国主義を絵に描いたような方でした。なぐられることもたびたびあり、今からでは信じられないことですね。
いじめもありましたが、今のような陰湿さはなかったように思います。

オイルショック以前の高度成長時代だったので、とにかく勉強してテストでいい点をとることが、唯一の幸せな道だと信じられていました。
その何年も後に校内暴力が全国的に問題になりますが、まだまだこの頃の小学校はのどかでした。

校舎の前には「都電」という名前の路面電車が走っていました。自動車もたくさん走っていて、交通事故もかなり多くなりました。

勉強は苦手でしたが、大人になることが、夢でいっぱいの時代でした。

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障碍者は社会の敵になるのか

1日イラクの首都バクダッドの2か所の市場で同日に爆弾テロが起き、あわせて死者72名、負傷150名という大惨事になりました。

イラク軍報道官によれば、いずれのテロも、何者かが知的障碍のある女性二人の身体に巻きつけた爆発物を遠隔操作で爆発させたことが原因であると発表しました。
これが事実であれば、これほど極悪非道な出来事はないのではないかと思います。
イラクでは、これまでも女性による自爆テロがありましたが、障碍者を使うという新たなやり方は、強い憤りを感じます。

詳細はわかりませんが、テロに利用された知的障碍の女性には、本人の肉親あるいは教師などの信頼を寄せる人物が関わっていたことが推測されます。
なぜなら、知的障碍があるからと言って見ず知らずの人の言うことを聞いてその通りに行動する、ということは考えられません。

障碍のある人ほど、信頼している、愛している人でなければ命令に従うようなことはありません。
加えて、テロリストの首謀者たちがイスラムの若者に対して説くように「死ねば極楽に行って、何でも好きなことができる」というような類いの話に乗るとも思えません。
この事件の背後には、障碍者の身近な人がテロを支援している、と考えるのが妥当でしょう。

障碍者をぼうとくする社会は、必ず崩壊します。

なぜなら、すべての障碍児・者は、いつの時代、どこの世界にも存在します。障碍は本人の責任ではなく、社会の責任なのです。誰も障碍を背負って生まれたい、生きたいという人はいません。

しかし、人は障碍を受け入れる、受容することができます。障碍を単なる「負」ではなく、人間の生き方のひとつとして受け入れることができるのです。当事者やその家族でないとわからないことかもしれませんが、障碍があることで新たな人生の生きがいを得ることもできるのです。

したがって、社会は障碍児・者の生活を保障する義務があります。
社会を構成するのは、ひとりひとりの市民です。
その市民を虐殺するために障碍者が利用されるのであれば、障碍者は排除されることになりかねません。

これは対岸の火事かもしれませんが、日本の社会においても、暴力団がらみの犯罪に障碍者が利用されているという話を聞くことがあります。刑務所における障碍者の比率は非常に高いとも言われています。

弱者を弱いモノ、低いモノ、として扱うことがどれほど愚かなことか、私たちは考えてみる必要があると思います。

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保育士さん募集しています!!

唐突ですが、私が勤務する静教保育園では、保育士(非常勤)を募集しています。

  • 職   種:保育士
  • 仕事内容:保育補助、朝夕保育補助
  • 勤務場所:静教保育園(八王子市元横山町3丁目、JR八王子駅、京王八王子駅から徒歩約20分)
  • 勤務時間:7:30~19:00の間で4時間から8時間程度。
  • 勤務日数:月曜日から土曜日の間で、3日から5日程度。日曜・祝日は休み。
  • 給   与:時給950円~(有資格者)
  • 年   齢:不問
  • 通勤手当、雇用保険等あります。