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2015年5月 5日 (火)

年齢を重ねてわかってきたことのひとつに相手の言葉の意味を噛みしめてみることができるということ

「あなたは貴重な人材です」
と言われて嬉しいと思うのは当然の心理です。

「あなたは会社にとって大きな財産です」
これも嬉しいと感じますね。

しかし、その言葉は真意なのか? 裏にある思惑は何なのか?
と考えるようになったのは、年を取ったせいでしょうか。
ここ、五、六年の中で何度かこのような言葉をかけていただき、その度に真に受けた自分が落とし穴に落ちるようなことを繰り返していることも大きいかもしれません(比喩が多すぎ!)

今日は仕事とまったく利害関係にないけど、いろいろとお世話になった方と久しぶりにお会いしました。一緒に食事をする中で、「ぜひあなたと一緒に仕事がしたい」という申し出を受けました。
最初は冗談かと思いましたが、実はまったく真面目な申し出だったのです。

私は心から嬉しく思いました。同時にこの人と一緒に仕事をするということは、今まで気楽に会って、楽しく話して、一緒に笑い合って… ということができなくなる可能性もあります。

それでいいのか、と思いながら、私は今真剣に考えています。

2015年5月 4日 (月)

結局戦争への道は市民ひとりひとりが選択していると考えること

政権政党および政府がどのような道に進もうとも、それを選挙で選んでいるのは市民ひとりひとりなのです。

日露戦争(ふるいなぁ~)では旅順攻撃などでたくさんの死傷者を出したにもかかわらず、結果的に勝利をおさめたため、「乃木将軍ばんざーい!」「東郷司令長官ばんざーい!」とシャンシャンで終わりました。

太平洋戦争では徹底的に連合軍に叩き潰された結果、戦争を主導した陸軍が悪い、その指揮官であった東条英機が悪い、と学校の先生にも教わりました。

しかし、その
国家を指揮する政治家を選んだのは市民ひとりひとりなのです。

現在の政権政党を選んだのも、私たち市民の責任なのです。

選挙で選んでいて、あるいは投票を棄権しておいて、国家・社会生活・制度に文句を言う資格はないでしょう。
それでも、日本の社会には「しがらみ」というものがあります。例えば、私に関係したことであれば、心理士の国家資格化を最も推進しているのは政権政党である自民党であり、公明党なのです。
野党である民主党がイニシアチブの一翼を担いたいために修正案を出していますが、結局そのことで法案が審議不足で継続になったり、廃案になったりしています。

私は選挙権を取得した36年前から一貫して政権政党には投票していません。

でも、日本の「ムラ社会」は、「既得権益重視」の世間は、戦争の道さえも選択していることをもう一度考えてみるべきでしょう。

憲法を改正しなくても市民が徴兵されることがあることを知るべきだろう

昨日は憲法記念の日。ニュースは毎年同じように護憲派と改憲派の集会を取材していた。

護憲派の主な主張は「戦争放棄」をうたった第9条を核とした平和憲法の維持である。戦後70年間日本が戦争に加わることなく平和な日々を過ごせたのは、「戦争放棄」「国際紛争解決の手段としての軍備を持たない」第9条の存在があるからだ、というものだ。

改憲派の中心的な主張は「現在の憲法は戦後占領軍であったアメリカに押しつけられた」ものであり、「日本人の手で作ったものが本当の憲法だ」というものである。最近、政権政党が作った漫画には「日本人の手で憲法を創らないと戦後は終わらない」と書いてある。

その上で「国際貢献」を名目に、第9条の破棄、つまり自衛隊を正式な軍隊として承認し、世界各地で今も行われている戦争や紛争に参加できるようにするのが目的である。

他国と同じように国連軍に参加したい、というのが本音だろう。

しかし、かなり以前、確か「防衛庁」が「防衛省」に格上げになった時に書いたと思うが、過去の歴史を見る限り、「徴兵制度」は何も憲法を改正することなく実施するのは可能なのである。

徴兵制度は、ある条件(例えば満20歳になった心身健康な男子)を決めて、市民が強制的に軍隊に入ることである。当然、その時に戦争になったら参加しなければならない。

この徴兵制は、国会で審議する法律ではなく、閣議で「やりましょう」と決定した後、防衛省の「省令」によって発動する。つまり政権政党が勝手に発動することが可能なのである。

信じられないかもしれないが、過去の歴史を調べてみればわかる。

ただ、さすがに軍隊として認知されていない自衛隊に「徴自衛官」という制度は馴染まないかもしれないが、権力者がやろうと思えばできるものなのだ。

テレビの街頭インタビューで小さな赤ちゃんを抱いた若い母親が「国際貢献するために改憲は必要」と笑顔で答えるのを見てぞっとしてしまった。その前の別の母親は「この子が軍隊に入って人を殺すことをしてほしくない。改憲する人は自分は戦争に行かないから何でもできるのでは」と言っていたことと真逆だったことにショックだった。

憲法は制定されてから長い時を経て、確かに不備なところはあるだろう。したがってすべての条文を改正しない、新たな条項を加えない、というのはどうかと思う。

しかし、
第9条の放棄は人間の良心の放棄だと思う。

そこに日本人もアメリカ人もない。生命を持った人間の良心は人種も肌の色も関係ない。

どこの国が日本に侵略にやってくるのかわからないが、本気で戦力を整えるのであれば、「徴兵制度」「核戦力の配備」は必然である。
今の政権政党がそれをやろうとしていると思うことは考え過ぎであろうか。

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