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2015年4月30日 (木)

もしかすると「あと何年生きられるか」と考えるから苦しいのであって「いつでもいいよ」と思うことが大切なのではないか

56歳になって思うこと。

定年まで、あと10年…

平均寿命まで、あと24年?……

心臓がもつのは、あと○年?………………

そんなことばかり考えているから自分で自分を苦しめているような気がしました。
今日の午後、特別支援学校の喫茶室(就労を目指す生徒さん方が運営しています)にいる時に強いめまいに襲われました。
幸いにも椅子に座っていたので周りの方には気づかれず、しばらくじっと目を閉じていたらだいぶ治まり、ゆっくりと歩いて相談室へ戻りました。

たったこんなことですが、私には「死」を予感する一瞬でした。

その後、午後の相談業務を続け、高校生の生徒さんと話をする中で、ひとつの結論がじわじわと私の中に思い浮かびました。

人間、いつかは死ぬけど、いつ、どこで、というのは誰もわからないこと。悪人でも善人でもそれは変わらないこと。

だったら、「あと何年生きられるか?」などと考えず
「今やれることをやって、いつでもその日が来てもOKだよ」
と決めた方が楽なのではないだろうかと?…

実際、そうして「生きます」
はい、今日はここまで。

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