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オリンピックへの失望感

子どもの頃は、オリンピックに対する期待と高揚感があったことを覚えています。

最も古い記憶は、1964年の東京オリンピックでした。その後、1968年のメキシコ大会を経て、1972年にはドイツのミュンヘンで開催されました。

ミュンヘンオリンピックの当時、私は中学生でバレーボールをやっていました。日本の男子チームが全盛期を迎え、今では信じられないことですが、みごとに金メダルをとりました。準決勝の「ブルガリア戦の大逆転」などは、夜中までテレビの前にクギ付けになって観たものです。当時世界一速いと言われた森田選手のドライブサーブをまねしたり、嶋岡選手のサーブを研究したものです。

娯楽が少なかったと言えばそれまでですが、4年に一回のオリンピックは、スポーツ少年にとって、大きな祭典でした。

その後、1976年のモントリオール大会では、体操のコマネチ選手が活躍しました。

しかし、華やかな裏では、オリンピックは確実に政治と戦争によって崩壊への道を歩んでいたしのです。

72年のミュンヘン大会ではパレスチナゲリラによるイスラエル選手団の虐殺事件が起き、モントリオール大会では台湾の参加が中国の政治的圧力によって取り消され、80年のモスクワ大会はソビエトのアフガニスタン侵攻に抗議して、日本を含む西側諸国が参加をボイコットしました。その後もオリンピックと政治は深く根が絡み合って現在に至っています。

そして、今回の北京大会を前にして、チベット問題が世界から注目されています。聖火リレーへの抗議の妨害行動、それを阻む大警備陣、ナショナリズムまる出しの中国人たち。

オリンピックに政治を持ち込んではいけない、とよく言いますが、政治の方が勝手にどんどん踏み込んでしまっているのが事実です。

オリンピックを国威発揚の場とし、民衆のナショナリズムを喚起させ、外国の意見にはまったく耳を貸さない、という国の姿は、ナチスドイツによって開催された1936年のベルリンオリンピックを思い出させます。

もう、オリンピックに対する想いは虚しくなってしまいました。東京で再びオリンピックを開催する意味もないと思います。国と国が競うことは、マイナスばかりではないかもしれませんが、政治や戦争とセットになっている以上、もうやめた方がいいと思います。

愚かなオリンピックには興味がありません。むしろ、嫌悪感を覚えます。

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