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「地球というすてきな星」

「地球というすてきな星」

「地球というすてきな星」

ジョン・バーニンガム 作

長田 弘 訳

1998年 初版

ほるぷ出版

ひさびさの絵本紹介です。

地球上には、環境汚染、温暖化、宗教対立、戦争、軍備拡大… など、さまざまな問題が山積されています。これは、何も今始まったことではありませんが、地球という惑星を圧迫し、破滅へのカウントダウンが鳴らされているように思われます。

私たちの世代は、それなりの生活はできるでしょうが、子どもや孫たちの時代はかなり深刻になると思われます。地球温暖化の問題ひとつにしても、大半の人々にとっては対岸の火事であり、どこか遠い世界の話としか受け止めていません。

しかし、人間が地球を破滅の方向へ導いていることは確実です。そのことをじっくりと考えさせてくれるのがこの絵本です。

この絵本には「神」が登場します。しかし、違和感という意味での宗教色はまったく感じることがありません。むしろ、人間同士で宗教対立している愚かな姿が描かれ、納得させられてしまいます。

すでに絶版になっているようですが、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

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おてがみと、たびのおもいで

おてがみと、たびのおもいで

そつえんしたYさんから、おがみをいただきました。

ふうとうをあけると、かわいらしいおてがみといっしょに、たくさんのしゃしんがでてきました。

ごかぞくで、きよさとへ、りょこうに行ったそうです。

たのしいたびのおもいでが、いっぱいつまっているようで、わたしもうれしくなってしまいました。

おてがみと、たびのおもいで

まじょのたっきゅうびん?

おてがみと、たびのおもいで

ポストでしょうか?

それとも、ことりさんのおうちかな?

わたしも、じぶんのむすめたちがちいさいときは、まいとし、なつとふゆに、きよさとへいきました。なつかしいですね。

えほんむらなどの、びじゅつかんもたくさんありますね。

いつか、みんなといってみたいです。

Yちゃん、どうもありがとう。

へんじのてがみ、かきますね。

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日本LD学会第16回大会

日本LD学会第16回大会
日本LD学会の第16回大会が、横浜・関内ホールで開かれ出席しました。約2000名が参加する大きな大会です。

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大学進学に資格テスト?

新聞の報道によれば、政府の教育再生会議(野依良治座長)は20日の合同分科会で、大学進学希望者に「高卒学力テスト」(仮称)を実施し、合格者に大学受験の資格を与える制度の検討に着手することになったそうです。

「高卒学力テスト」は、高校生の学力低下の問題や昨年に全国各地で相次いだ高校の必修科目の未履修問題などを受け、生徒の学力水準や履修状況をチェックするのが狙いだ。

 制度設計の素案によれば〈1〉国公私立や選抜方法を問わず、大学進学を希望する人は必ず受験する。〈2〉受験科目は、必修科目から保健体育、芸術などを除いた国語、地理歴史、公民。〈3〉全科目の合格者に大学進学資格を付与――などが主な柱。難易度は「高等学校卒業程度認定試験」(旧・大学入学資格検定)を想定しているという。

ここでも学力低下をお題目に、子どもに余計な負担をかける意図が見られます。この方針だと、すべての教科において、一定水準の学力がなければ大学に入学する資格はないということになります。

しかし、人間の能力というものは本来偏りがあるものではないでしょうか。得手不得手があって当然です。自転車にうまく乗れない、水泳が上手にできない、など、どの人にも苦手なものが必ずあります。

たまたま、国語が苦手だったり、算数・数学が苦手だったりすると、その人はどこかで勉強につまずいてしまいます。場合によっては、読み書き障碍や学習障碍があるかもしれません。

でも、そのような子どもでも、もっと勉強がしたい、という意欲的な子は少なくありません。また、国語は苦手でも理数系が得意で、技術者になるような能力を持った子もいるでしょう。

そのように、学力的に偏りがあってもある面では優れた能力を持った子どもは、このような高卒学力テストでふるい落とされる危険があります。

大学教育ばかりでなく、高等教育はもっと門戸を広くする議論が必要なのではないでしょうか。学力低下だけを唱えて、子どもの真の能力を切りすてるような教育再生会議の方針には絶対反対です。

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学習発表会・その2

学習発表会・その2

今日に、昨日に引き続き、保育園の近隣にあるM小学校の学習発表会を観て来ました。
この小学校では、学年ごとの演劇の発表会でした。

1年生は「おばけじぞう」という、とてもユニークな劇でした。

100名以上になる子どもたちをひとつの劇に出演させるのは、なかなか大変なことだと思いました。

卒園した2人の1年生も大きな声で元気いっぱいにセリフを言っていたのでホッとしました。

小学生になると、また一段と成長したように感じられます。7歳の感性と生命力に拍手を贈りたいと思います。

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学習発表会

学習発表会

保育園の近所にあるN小学校の学習発表会を観て来ました。ここでは、展覧会が開かれていました。一年生から六年生まで、たくさんの力作が展示されていました。

学習発表会

一年生は、いもほりの絵でした。なかなかダイナミックに描かれていますね。

学習発表会

さらに、粘土によるケーキが展示されていました。とてもおいしそうです。

つい一年前までは保育園の年長組だった子どもたちが、一年生になると、なかなかすごい作品を創るものだなぁ、と感心してしまいました。

さて、感動に水を差すような話をします。一年生のいもほりの絵と二年生のシャボン玉の絵は、「酒井式描画法」という絵画の指導法に基づいたものであることはひと目でわかりました。この指導法は、ダイナミックな絵画を描くことができるので、先生方の中ではなかなか人気があるようです。10年ほど前、別の小学校の展覧会を観に行った時も、同じようなシャボン玉の絵が展示されていました。

ポイントはここです。画用紙いっぱいに広がるダイナミックな絵を描けるかわりに、並べて展示すると、みな同じような絵になります。つまり絵に「個性」がないのです。10年前も、今日のシャボン玉も、まったくと言っていいほど「同じ絵」がたくさん並んでいるのです。

それでも、一年生のいもほりの絵は、ひとりひとりに違いが見られました。これは、7歳の「感性」があるからではないかと思います。感性が個性を生み出しているのではないでしょうか。

先生方の指導のご苦労は察するところがあります。それだけに子どもたちの作品にも努力の跡が見られます。

しかし、みんなで同じものを創るところに、いかに「個性」を表現するかは創造的な芸術教育の生命ではないかと思います。

他の学年で見られたコリントゲームや手作り粘土のお面などは楽しく観ることができました。

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知的障碍の子どもは増えている?

「増える知的障害の子ども」という見出しの記事が東京新聞11月13日朝刊に掲載されていました。

子どもの総数は減り続けているが、特別支援学級(特殊学級)や養護学校に通う知的障害の子どもは急増している。全国の養護学校は教室数不足に苦慮し、文部科学省は養護学校の新築・増築で補助金アップを計画する。急増の原因はよくわからない。(中略)

少子化で小・中・高校の普通学級の人数は最近10年間で24万人以上減少しているが、養護学校の児童・生徒数は25%増。特別支援学級でも56%も増加している。その結果、全児童・生徒に占める特別支援学級や養護学校に通う子どもの割合も0.85%から1.40%に増えた。

知的障害者対象の療育手帳の発給数(18歳未満)も、1997年の117378冊から2005年の173438冊と47%も増加している。

知的障害児ばかり増えているが、原因はよくわからない。ろう学校、盲学校では生徒数は微減。養護学校では肢体不自由児や病弱児はほぼ増減がない。(後略)

障碍を持った子どもが義務教育を受けるケースは、大きく分けて4つのケースがあります。

  1. 特別支援学校(養護学校)…義務教育では比較的障碍の程度が重い子どもが入学します。高等部では他に行く選択肢が少ないので、さまざまな子どもが在学しています。
  2. 特別支援学級(特殊学級・心身障碍児学級)…一般の小中学校の中にあり、普通学級での生活が難しい子どもが入学します。
  3. 通級指導学級…普通学級に在籍して、週に一回程度通って少人数で指導を受ける学級です。教室は一般の小中学校の中にあります。教科学習を通して言葉やコミュニケーションについての指導を受けます。
  4. 一般の普通学級

近隣の地域では、定員をはるかに越える生徒が通級学級に通い、新たに入室を希望する子どもが来年度にならないと入れない状態になっているようです。普通学級でも授業や学校生活にうまくなじめない、というケースが近年非常に多くなっている、という印象があります。

それでは、本当に知的障碍児は増えているのでしょうか?

わかりやすい事例として、漫画の「ちびまる子ちゃん」に見られるように、1970年代頃までの日本の学校には、いろいろな子どもが教室の中にいました。それが1980年代に養護学校が義務化されて以降、子どもを能力別で選別することが、ごく当たり前のように進められました。同時に小学校に入学する前に行われる「就学時健診」が、健康診断や疾病発見から「障碍児探し」へと大きくシフトしました。現在では、根拠が軽薄な知能検査をおこなうことも一般的になっています。

つまり、現代の学校教育は、子どもにとって生きにくい空間になっていることは間違いありません。おりこうさんや教師の指示に無抵抗で従う、学校生活に何の疑問も持たない子どもたちは別として、多くの子どもたちにとっては学校は差別化と格差社会になっているのです。

その本質を見つめることをしないで、障碍児が増えたと安易に言うのはおかしいと思います。

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喫煙のマナー

アレルギー性の気管支ぜんそくになって以来、ハウスダストやほこり、臭いなどに敏感になりました。

元々ではありますが、特に気になるのは「喫煙」です。私自身はタバコを吸わないので、タバコの煙やにおいには非常に敏感になります。

どこの街でも見かける有名なコーヒーショップに入ると、禁煙席に座っていても30分もいれば、衣服にタバコの臭いがしみつきます。

最近は鉄道の駅構内やバス停付近でも禁煙になったので、駅前のコンビニ前は喫煙所のようです。その前を通り過ぎる時は、10メートル以上離れていても、タバコの臭いが鼻をつき、咳込んでしまいます。

多くの人が禁煙場所では喫煙しない、というマナーを守っているようですが、私が非常に困るのは、歩きながらタバコを吸う人がわりと多くいることです。タバコの煙を撒き散らしながら歩くので、私は避けて歩くのが大変です。

マナーには違反していないのかもしれませんが、歩きタバコは意外と周囲に迷惑をかけているのではないでしょうか。

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お受験の思い出

今日は11月1日。首都圏の私立小学校は、今日から一斉に入学試験を行います。これからの約一ヶ月間、国立の小学校まで含めれば二ヶ月間、受験する子どもにとって人生最初の試練が展開されます。

私は17年ほど前からの約六年間、お受験を指導する幼児教室の専任講師を務めました。当時はバブル経済の絶頂時からやや陰りが見え始めた頃でした。したがってお受験をする子どももたくさんいて、教室は大変な盛況でした。

私は、二、三歳の子どもたちを相手に、有名私立小学校の附属幼稚園のお受験から、小学校受験、私立小学校に通う生徒の補習授業など、さまざまな年齢層の子どもたちのお受験指導に関わって来ました。

一言で言って、その世界は世間の常識が通用しない異質な空間でした。

お受験をする子どもの親は、芸能人、会社社長、公務員、スポーツ選手、企業の幹部社員、自営業とさまざまでした。当時の文部省の官僚や報道関係の方もいました。毎週、熱海から新幹線で教室に通う親子もいました。年間で最低100万以上もお受験の準備に投入するのが当たり前の世界でしたから、世の中でもごく限られた人々の世界であったことは間違いありません。

しかし、よく考えてみれば、お受験をする子どもたちの親たちは日本の政治・経済の中枢にいる人たちで、その子どもたちは明日の日本を背負う立場にいる、ということです。それを考えると、お受験が「特殊な世界」という一言で片づけられないことであり、非常に恐ろしくなります。

今朝は、都内のあちこちで、立派な洋服に包まれた親子の姿を見ることでしょう。

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