ドミノ

この女の子が真剣に取り組んでいるのは、「ドミノ倒し」です。普通一般的には、このように、ドミノを並べて倒します。

ドミノを並べると、このようになります。

ところが、これはどうしたのでしょうか?
上から見ると…

なんと「花火」の模様になっていました!!
年長組の「プニュコンビ」こと女の子2人が創りました。
子どもの創造力はすごいですね!
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この女の子が真剣に取り組んでいるのは、「ドミノ倒し」です。普通一般的には、このように、ドミノを並べて倒します。

ドミノを並べると、このようになります。

ところが、これはどうしたのでしょうか?
上から見ると…

なんと「花火」の模様になっていました!!
年長組の「プニュコンビ」こと女の子2人が創りました。
子どもの創造力はすごいですね!
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夜の保育園に集まりました。
卒園した1年生と兄弟関係の3、4年生が、夜の保育園で遊びました。
本当は、今夜の皆既月食を観望するのが目的でした。しかし、残念ながら雨のため、それはできませんでした。
でも、子どもたちは保育園の頃に戻ったかのように、夢中になって遊びました。
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自閉症スペクトラム学会第6回研究大会が終わりました。
2日目の昨日は、学会企画シンポジュウムで、発達障碍の子どもたちに対する支援の「連携」が大きなテーマになりました。横浜、広島、京都、長崎などの事例が紹介され、各地で活発な支援活動が行なわれているようすがわかりました。
また、先週お会いした長野の保育園の園長先生からは、保育園・幼稚園・小学校の三者による独自の連携システムについてお話をうかがいました。
実情はいろいろあっても、各地で支援の連携が展開されている様子がよくわかりました。そして、それらの情報を取り入れて、自分のフィールドではどのようなことができるのか、そして何をするべきなのかを考える機会になりました。
ちなみに、特別支援教育の対象となる「軽度発達障碍」は、「発達障碍」という言葉に統一することが文部科学省から通達がありました。これは5月のことです。
軽度発達障碍の「軽度」は、本来「知的に遅れのない」という意味でしたが、「障碍が軽い」という意味に誤解されがちでした。したがって、今後は「知的に遅れのない発達障碍」などと言うようになるようです。これは、従来の知的障碍(医学用語で言う精神発達遅滞)との兼ね合いもあるようです。
発達障碍の子どもに対する支援の連携、という点では、私が所属する保育園を含むフィールドはまだまだレベルが低いと言えるでしょう。嘱託として心理の専門家が保育園にはいますが、保育園と連携がとれるという点では、はなはだ停滞した状態です。これは、それぞれの立場にいる人が、自分が抱えている情報を開示することなく(または開示する機会を作らず)、各自が勝手に動きまわっていることが最大の問題だと思います。
卒園した子どもの情報も、すぐ近くのN小学校からしか入手することができません。それもかなり時間が経過していたり、間接的だったりして、いわゆる「うわさ」ばかりが先行してしまいます。
これをお読みになっても、当事者でないとわからないかもしれませんが、要はさまざまな問題はひとりでは解決できない、したがって他の人・機関との連携が必要、そのためには情報を共有する、それぞれの立場を尊重する… これだけのことです。たったこれだけのことがうまくできないのはなぜなのか。シンポジュウムでの話を聴きながら、考えました。
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日本自閉症スペクトラム学会の第6回研究大会に参加しました。場所は、八王子市の帝京大学でした。
自主シンポジュウムでは、新しい発達検査を作ろう、という分科会に参加しました。
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毎日新聞の8月23日付夕刊を読んでいて、「戦死者」と「戦没者」の違いがわかりました。
「戦死者」は、戦争においてみずからの意志で戦闘に参加して死亡した人のことを言うそうです。つまり、覚悟の死だということです。したがって、「英霊」という名のもとに、亡くなった後は「戦死者」として靖国神社に合祀されます。靖国神社は「戦死者」だけを慰霊する施設です。
「戦没者」は、心ならずも原子爆弾や空襲で死んだ人々のことで、戦闘員ではなく一般の市民が亡くなった場合に言います。戦闘員でも、輸送船とともに海の底へ消えた人たちは広い意味で「戦没者」になるそうです。「戦没者」は千鳥が淵戦没者墓苑で慰霊されています。
保守系の文化人や国会議員の方々は、戦没者より戦死者が格が上だと思っているそうです。みずから死を覚悟の上で戦った人は、「心ならずも死に追いやられた人―戦没者」よりも英雄であり、優れていると考えているそうです。
本当に、そう思いますか?
私は「卑怯者」と言われてもいいから、戦争になったら逃げる方でしょう。もちろん、家族や友人たちを守ることは忘れませんが、だからと言って戦闘者になって、勇敢に戦おうとは思いません。
「無駄死に」という言葉がありますが、戦闘で戦って死んだ人は意味のある死で、原爆で死んだ人は無駄死になのでしょうか。死に方にも格付けしたがる人の気持ちがわかりません。戦争によって死んだすべての人々は究極の悲劇であることに違いはありません。戦闘者だけを称える風習や考え方は、現代の社会の中にも割と多く見られます。私は非戦闘員の名誉を守りたいと思います。
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昨日から、日本テレビ系列で「24時間テレビ」が放送されています。お気に入りのアイドルが司会をしているということで、二女はテレビの前に座りっぱなしです。
この番組も、今年で30周年になるそうです。
番組が始まった最初の数年間は、障碍児の問題を正面からとらえた番組(最も視聴率が下がる深夜から明け方の時間帯に放送されましたが…)が流れ、福祉に対する番組制作者の意気込みが感じられました。
しかし、次第にイベント的な要素が強くなり、高齢者を含めて、福祉の生の現場からは距離を置くようなスタンスになり、単なる夏の恒例バラエティ番組になってしまいました。現場から距離を置くのは、テレビ番組の手法のひとつかもしれません。番組の中で高齢者施設を紹介しても、そこで暮らすご老人の苦労は見えてきません。現実の問題は、楽しい番組作りにとって、それこそ「障害」になるのでしょう。
現実の問題は封印して、寄付という善意を要求しているのです。
それでも、24時間テレビのロゴマークが入った福祉施設の自動車を街中で見かけることも多くなり、それなりに福祉と社会に貢献しているのでしょう。
しかし、それで福祉の問題を社会の中からすべて片づけてしまっていいのかなぁ、と思います。
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昨日、一昨日の一泊二日でキャンプに行って来ました。場所は相模原市津久井町の青野原というところです。道志川が流れ、たくさんの人がキャンプを楽しんでいました。
とても暑かったのですが、川の中に入ると、とても気持ち良かったです。
キャンプに誘ってくれたTさん、Oさん、ありがとうございました。
本当は、卒園した保育園の子どもたちとキャンプをやりたい、という夢があります。でも、なかなかひとりでは難しいですね。
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暑い日が続いています。
今年も広島・長崎の原爆投下の日に続いて、終戦の日がやってきます。
広島における原爆投下後の庶民の生活を描いた映画「夕凪の街 桜の国」が上映されたり、テレビの特版ドラマで「はだしのゲン」が放映されたりと、最近は戦争の記憶を語り継ごうという意識が見られます。素直にとても大切なことだと思います。
はっきり言って、戦争などに行きたくない人がほとんどではないかと思います。
自分の家族が、自分の子どもが、戦争によって生命を落とすなど、絶対に反対だと考える人がほとんどではないかと思います。
しかし、現実には、ゆっくりと、眼に見えないように、社会は危険な方向へと向かっているように思われて仕方がありません。
職業として自衛隊を選ばれた方を非難するつもりはまったくありません。それなりの意志で国家を守る仕事を選択されたのでしょう。
でも、それほど国家というものは大切なのでしょうか。
先の大戦においても、国家を守る、という大義名分のために、どれだけ多くの生命が失われたことでしょう。日本人だけではなく、世界のたくさんの民族の生命が奪われました。
今こそ、もう一度、私たちは歴史に立つ人間として、戦争の永久阻止を後世に伝えなければならないのではないかと思います。
私が小学生の時、学校の先生方には戦中派が多く、担任の先生は特攻隊の生き残りでした。その先生方は、授業をつぶしてまで戦争の悲惨さを私たちに話して聴かせました。
戦争の悲惨さばかりを伝えることが良いことではない、と最近考えるようになりました。なぜなら私たちは、戦争の悲惨さを身をもって体験していないからです。戦争を体験された方からの伝承は大事なことです。体験者が高齢化で少なくなってきたことからも、それはきちんとやらなければならないと思います。
そして、私たちは戦後世代として、築き上げた文化や美しい地域社会を伝えることが大切だと思います。戦争はすべてを破壊します。今持っているひとりひとりの美しいものを壊さずに継承することも私たちの役割だと考えます。
時の首相は「美しい国」と言いますが、これは国家思想につながり、市民の意志・財産・生命は後回しにされ、戦争が始まれば真っ先に犠牲になります。間違わないようにしなければなりません。
私たちの言葉は弱く、つたないものです。しかし、志しを同じ人たちが手をつなぎ、少しでも大きな声をあげて行くことは大切だと思います。
(残念ながら、私は特定の政党・政治団体等には関係しておりません。かつて、ある政党に関わりを持って、大変に辛い思いをしたことがあります。したがって、政治からは距離を持っているのが私の姿勢です)
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「イエスの生涯」
エルネスト・ルナン 著
忽那 錦吾/上村 くにこ 訳
2000年8月20日初版
人文書院 発行
著者のルナンは19世紀のフランスの学者です。この書は今から140年程前に書かれました。
とても読みやすい文章で、イエスの生い立ちからていねいに描かれていて、深い感銘を受けた一冊となりました。
フランスでは現在でも何百刷と読み継がれている名著だそうです。作者のルナンは初期キリスト教の歴史を膨大な書物に書き、本書はその第一巻になります。
この著作が日本では一般の出版社から刊行されたことは注目されることでしょう。つまり、キリスト教専門の出版社からではない、ということです。キリスト教関係の方に直接聴いてみた訳ではありませんが、信者の方にとっては、この書籍はもしかしたら無視するものなのかもしれません。
「イエスの生涯」というタイトルですが、聖書に書かれたことがすべてここに表されているわけではありません。まず、イエスが起こしたとされる奇跡の数々―湖の上を歩いたり、死者を甦らせたり、というエピソードはまったく書かれていません。また、物語の最後はイエスの処刑で終わっており、その後の「復活」は描かれていません。できるだけ生のイエスに迫ろうとしているルナンの意気込みがうかがわれます。しかし、このあたりは、信者の方にとっては許せないのかもしれません。
訳者の解説によれば、作者のルナンはイエスとキリスト教を大変愛していたそうです。
この書物は、イエスを身近に感じるものとして、私はとても素晴らしい本だと思います。数々の挿絵も感銘を受けました。読み終えていっそうキリスト教に関心を持つことができたと思います。今は続編を読み始めました。
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環境省が新たに改訂した「レッドリスト」を公表しました。これは、絶滅のおそれがある野生生物のリストです。現在日本には全10分類約7万種の野生生物が生息していますが、そのうち「レッドリスト」に指定されたのは3155種です。
この中には沖縄県のイリオモテヤマネコや北海道のラッコ、乱獲で姿が消えたチョウザメ、北海道以外で生息が確認されているヤマネなども含まれています。
また、アメリカ軍の移転が計画されている、沖縄県名護市辺野古沖にすむ天然記念物ジュゴンが、最も危険度が高い「絶滅危惧1A類」に指定されました。
これら、絶滅危惧種に指定された野生生物のほとんどは、これから絶滅の道をたどるのでしょうか。人間は地球環境を汚すと同時に、地球に生息する他の動物たちを絶滅に追い込んでいるのです。この事実をもっとよく知るべきでしょう。
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嬉しい?
10年経ったけど
原爆を落とした人はわたしを見て
「やった! またひとり殺せた」
とちゃんと思うてくれとる?
こうの史代原作「夕凪の街」のラスト近く、ヒロインの言葉です。
62年前の今日、広島に人類史上初めて原子爆弾が投下されました。ひとつの都市が一瞬にして壊滅し、たくさんの市民が亡くなり、今も後遺症に苦しむ人々が大勢います。国は被爆した人に対して原爆症の認定を事実上拒否しており、何ともやりきれない思いにさせられてしまいます。
東京は朝から太陽がさんさんと輝き、今日も暑い一日になりそうです。62年前の広島も同じだったのでしょうか。無差別に都市・市民を大量虐殺した原子爆弾の投下は、「戦争を早期に終結させるため」と一貫してその正当性を主張するアメリカ政府の言葉も虚しく聴こえるだけです。
それだけ人間は同じ人間に対して行なった残虐な行為を見て見ぬふりをし続けることができるのでしょうか。
このように原爆被害のことを書くと、必ず反論として日本軍による加害行為が言われます。戦争はどちららの人間も鬼にしてしまいます。どっちが悪いとか、聖戦とか、平和を守るための戦いだとか… 後からいくらでも付け足して言えることでしょう。
数年前から問題視されていますが、中学生や高校生に8月6日と9日は何の日か? と訊ねるとわからない子が圧倒的に多いそうです。学力向上とか、教育改革とか言う前に、私たちは子どもたちに歴史の中で何があったかを伝えるべきではないでしょうか。
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今日は、特別支援教育士・資格更新研修会に参加しました。
午後の講義では、アメリカの教育現場におけるIEPについて、とても興味深い話を聴くことができました。
IEPとは「個別教育支援計画」のことです。アメリカでは1975年に全障碍児支援法制定により、学校教育において何らかの特別な支援が必要な子どもに対しては、ひとりひとりにIEPを立案することが義務づけられています。
日本でも遅れてこの波がやって来て、特別支援教育がスタートした現在では、どこの教育現場でもIEPが花盛りです。
私の二女も中学校の心身障碍児学級に在籍している頃から、学期ごとに個別の指導計画が担任の先生によって立てられました。それと対になる形で学期末の成績表は、領域別に細かい評価が記入されていました。
特別支援教育を担当する先生方にとっては、IEP作成はとても大変な作業だと思います。
同時に、IEPは障碍のあるなしにかかわらず、すべての子どもに必要なのではないかと思いました。アメリカ・ニューヨーク州では、IEPソフトがあり、パソコンに入力するだけで各種の書類が作成できるものもあるようです。
「指導・支援計画」は書類の問題ではなく、子どもひとりひとりが、どんな課題を持っているか、どんな支援が必要か、ということを意識化するために必要なツールになると思います。そのためには、IEPの考え方がもっと保育や教育の現場に浸透することが望まれます。
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保育園の卒園生が出演するバレエの発表会を観て来ました。
バレエのステージを生で観るのは初めてだったので、とても楽しかったです。
会場は、多摩センターにある「パルテノン多摩」大ホールでした。とても大きなバレエ・スクールのようで、出演する方も多く、客席もたくさんの人が観覧していました。
長い時間でしたが、飽きることなく観ることができました。特に第3部の「ドン・キホーテ」は物語仕立てで、とてもおもしろかったです。
バレエは、主役も脇役も子役も、ひとりひとりが、みんなお姫様なのですね。
O.Sさん、O.Aさん、お二人の成長が楽しみです。
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