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子どもとメディアの関係

日本臨床発達心理士会・第3回全国大会二日目の午後は、公開シンポジウムが開かれました。テーマは「生きにくさをかかえる人のための支援を考える」でした。

その中で、あるシンポジストが、ゲーム機器や携帯電話、テレビなどのメディアが子どもに与える影響について話しました。一日の中で、メディアに接する時間が一番長いのは、先進国では日本だそうです。

視力低下、集中力の欠如、ひきこもり、不登校、体力低下など、さまざまな問題が子どもを取り巻いていますが、その原因のひとつとしてメディアによる影響は無視できません。

すでに親世代が生まれた時からテレビが家庭の中にあり、テレビゲームやビデオを経験しているため、子どもにゲーム機器を与えることに何ら疑問を持たないことが深刻な状況を引き出していると警告していました。

ひきこもりと呼ばれる人も含めて、ネット中毒、ケータイ中毒という言葉が普通に使われるようになっています。夜遅くまで携帯やパソコンの明るい画面を見続けることは、人間の生活リズムを乱すことになります。同じように、深夜に明るいコンビニに行くことは、同じような弊害があるということを聞きました。

今、この瞬間にも、私たちはかつて経験したことがない事態を子どもに実体験してもらっているのです。少し前に「ゲーム脳」(これは根拠となる論理や証拠に問題があったために、各方面から批判されました)という言葉が流行しましたが、だんだん笑っている場合ではなくなって来たような感じがします。

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日本臨床発達心理士会

日本臨床発達心理士会・第3回全国大会の第一日目に参加しました。会場は、東京・目白の日本女子大学です。

この大会では、実践研究発表も行なわれます。私は近い将来はチャレンジしてみたいと思いますが、その前にどのように行なわれるのか、じっくりと拝聴させていただきました。

大学院生の発表は、やはりと言うか、底が浅く内容も表面的なものでした。現場の生々しさに欠けているような感じでしたが、ある程度は仕方がないでしょう。

統計資料を発表した方に対しては、フロアからその手法についての鋭い質問が出ました。心理統計学は大学で基礎を学びましたが、もうしっかり忘れていました。このような基礎学問も実践発表には大切なことだと実感しました。

大会は明日も開かれます。

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地下鉄に乗って

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「地下鉄(メトロ)に乗って」

出演:堤 真一、岡本 綾、大沢たかお、常盤貴子、吉行和子、他。

監督:篠原哲雄

制作プロダクション:ディステニー

2006年 日本映画

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ロードショウ公開を見逃してしまい、DVDで観ることができました。

主人公の長谷部真次(堤真一)と恋人の軽部みち子(岡本綾)は、地下鉄の駅や電車からタイムスリップをして、過去と現在を行き来します。その中で、真次は増悪を抱いていた父親の若い頃に出会い、戦中・戦後を生き抜いた姿を見ることになります。みち子も自分の若き母親と再会し、その愛情を確かめることによって、新たなる次元への決断を迫られることになります。

あまりにもせつなく、あまりにも懐かしい思い出にひたされるドラマです。とても感動しましたが、ラストが悲しい一面があり、正直オススメするには、ちょっと辛い感じがします。

先日のクラス会を含め、最近は過去をふり返ることが多いような気がします。この映画の過去の時代も、最初は東京オリンピック直前の昭和30年代後半です。私はオリンピックのことをよく覚えていて、この映画を観ながら自分もタイムスリップしてしまったような錯覚になってしまいました。

一昨日、研修で都内に出かけた際、地下鉄の銀座線と丸の内線に乗りました。

銀座線は、この映画にも登場しますが、開業は戦前の昭和2年(浅草-上野間)です。私が子どもの頃の車両は、走行中に車内の電灯が一瞬消えて、非常灯が光りました。慣れている人にとっては毎度のことでしたが、地下鉄に乗り慣れていない人はびっくりしたのではないかと思います。

相変わらずの狭くて天井の低い車内。弱いエアコン。走行中の騒音。懐かしくて周りを見渡してしまい、隣に立っていた女性に不審な目で見られてしまいました(笑)。

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クラス会

今日は、保育士養成学校のクラス会に出席しました。

正式な学校の名前は「東京都足立高等保育学院」と言います。しかし、学校自体はすでに廃校になっています。

卒業してから28年が過ぎ去りました。私自身は、保育園で勤務をして来たのは16年程度ですが、卒業以来ずっと保育園や施設で働き続けている方も少なくありません。

今の私の原点はこの学校で学んだ2年間にあると言っても過言ではありません。もともとそれほど深い理由があって、つまり「保育を志す」という意志があって入学した分けではありません。あえて言えば、当時私の家庭は生活に大変困っていて、とても大学に進むなどということはできませんでした。足立高等保育学院は都立の学校で授業料が無料だったのです。だから、私の保育の出発点は、割合といい加減だったと言えるかもしれません。

しかし、学校に入り、保育を学び、心理学を学び、保育実習をしていく中で、保育に対する私の意識は高まって行ったのです。

さて、クラス会は2年ぶりになります。懐かしい顔がたくさん集まりました。

みな、それぞれに年輪を重ねてきていますが、誰もがみな学生当時の気持ちでいることに変わりはありませんでした。今回、私は幹事を引き受けましたが、欠席した方を含めて、クラス全員が現在も健在であることに感謝しました。

在学中、片思いだったKさんにも会いました(!)。ほんの一言二言しか会話をしませんでしたが、とてもうれしかったです。

旧友と再会し、話に花を咲かせ、そして力をもらい、また明日からの活力にして行きたいと思います。

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河合隼雄氏逝去

臨床心理学の第一人者であり、元文化庁長官だった河合隼雄氏が脳梗塞のため昨日逝去されました。79歳でした。

河合氏と言えば、なんと言っても世界的に有名な臨床心理学者カール・ユングを日本に紹介したことで有名です。ユング派と言われるように、日本ではユングを支持する人が多いのも河合氏の功績であると思います。

また、河合氏は日本で臨床心理士の資格創設に尽力しました。今では一般的に使われる臨床心理士ですが、実は国家資格ではなく、公的に認知された資格ではありません。しかし、氏の努力により臨床心理士は社会的な地位を確保したと言っていいでしょう。

しかし、問題点もあります。臨床心理士になるには、認定委員会が指定した大学院で心理学を学ばなければならない規定があります。これによって、公務員や教員など勤務に融通がきく人以外の社会人が臨床心理士の資格を取る道は事実上と閉ざされました。また、大学院に入ることができる経済的に余裕がある階層の人しか資格を取ることができないのが現状です。

本来、心の問題は複雑で、心理学だけを学んだだけではとても対処できるものではありません。ひろい人生経験や社会学、障碍学などを学び、実践し、弱者の立場を理解できる視野が必要です。

しかし、実際には、大学院を出て社会経験が皆無のおぼっちゃん、お嬢さんが臨床心理士として現場に出ているのです。私も今まで多くの臨床心理士に出会いましたが、尊敬に値する方は非常に少ないと言えます。知識ばかりは豊富ですが、臨床経験に乏しく、特定の理論や学派に偏り、何よりも人に対して温かみが感じられません。これではたしていいのでしょうか。このことを私は天国の河合隼雄氏に聴いてみたいところです。

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夕涼み会のお菓子販売

明後日は私が勤務する保育園の夕涼み会です。

園長先生以下、職員の皆様のご理解とご協力により、当日お菓子の販売を行ないます。

このお菓子は、東京・稲城市にある障碍者の職業支援センター「コラボいなぎ・いなぎワークセンター」で作られたものです。

とてもおいしいお菓子です。過去2回保育園で販売を行ないましたが、すぐに完売しました。今回はクッキー、パウンドケーキ、チーズケーキなど、9種類の販売を行なう予定です。このブログをお読みの方で、夕涼み会に来られましたら、ぜひともお買い求めくださるよう、心よりお願い申し上げます。

障碍者の作業現場は、非常に深刻な問題をかかえています。そのひとつは低賃金です。伝統的に福祉現場は売り上げをたくさんあげて障碍者の賃金を引き上げよう、という発想がありません。福祉で「儲け」を出すことは良くない、というイメージがあるようです。

しかし、利益をあげなければ、当然そこで働く障碍者や職員の賃金はいつまでとっても低いままです。コラボいなぎで働く私の二女は、時給が150円です。これでも都内の施設の中では良い方なのだそうです。これで障碍者が自立した生活を送ることは不可能です。

お菓子についても、せっかく安くておいしいものを作っても、販売するルートや場所がなければ、生産は頭打ちになってしまいます。そこで、少しでも売り上げに貢献できればと思い、保育園での販売を始めました。売り上げは少額ですが、できるだけ多くの方々に、コラボいなぎのお菓子の味を知っていただきたいと思います。

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夏祭り

ある保育園の夏祭りを見学させていただきました。

ごく一般的にある普通の保育園です。地域は比較的歴史があり、下町のような雰囲気があります。

この時期、どこの幼稚園、保育園も「夏祭り」とか「夕涼み会」というような名前で、夏のひと時を過ごす行事を行ないます。お店が出たり、盆踊りをしたりします。

その保育園も、ごくごく普通の夏祭りでした。クラスで作ったおみこしをみんなでかついで町内を練り歩いたり、盆踊りをしたり、お店で買い物をしました。どの子も大喜びで参加していました。

ひとつ気になったのは、お店を全部まわると、持ちきれないほどのおみやげができるということです。水ヨーヨー、金魚すくい(おもちゃ)、ゲームの賞品(ぬいぐるみなど)、お菓子のつめ合わせ、駄玩具のつめ合わせ、ペットボトルのお茶、お面、手作りおもちゃ…

モノがあふれかえっている時代で、物資に恵まれた子どもたちですから、これだけ与えても疑問に持たない大人は多いのではないかと思います。しかし、それでいいのかなぁ、という釈然としない思いがしました。ところが、それでは内容を変えて品物が減らすことにしましょう、とすると「去年まではたくさんもらえたのに…」という保護者からの不満が必ず出ることでしょう。

モノを大切にとか、環境問題を考える時に、まず身近なこととして、私たちは子どもに必要以上の物を与えていないか考えてみるべきではないでしょうか。モノにあふれることが、結局は物を大切にしないばかりか、ゴミを増やす結果になるのではないかと思います。

環境問題が直接生活に打撃を与えるのは、子どもたちの世代の時代です。大人が自己満足のために子どもに物を与え続けることが、子どもたちの地球を破壊する手助けをしていることを認識すべきだと思います。これを大げさだと考える方は、育児をする資格はないと思います。

大人の方が、今こそ意識改革が必要だと思います。

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台風

台風4号が日本列島を横断しています。今夜から明日にかけて、関東地方も大荒れになりそうです。
楽しみにしていたO学園幼稚園のおとまり会も中止になってしまいました。
思い返せば、子どもの頃は、台風が日本に接近すると、とてもわくわくしたことを覚えています。
なぜか、3、40年前は、もっと台風の数が多かったように記憶しています。
ラジオの天気予報を聴きながら、兄の地図帳を開き、台風の位置を確認しました。おかげで日本の地理に詳しくなり、緯度と経度の関係も理解出来ました。小学2年生頃のことでした。
中学生になって、NHKラジオの気象通報を聴いて詳細な天気図を描くのが趣味になっていました。
そのような興味や関心が科学を学ぶきっかけになったのだと思います。
そんな自分が、今は保育士という、子どもや人を相手にしている仕事をしているのは、なんとも不思議な事です。

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夕凪の街 桜の国


映画「夕凪の街 桜の国」の試写会へ行きました。



広島のある

日本のある

この世界を

愛するすべての人へ



こうの史代による原作「夕凪の街桜の国」は、双葉社刊の漫画です。漫画にしては、と言っては失礼ですが、とても心に響く作品です。



今夜観た映画版も、原作に忠実ながらも俳優の持ち味を生かした佳作と言えるでしょう。



広島の原爆投下から生き延びた人々の物語が昭和と平成の時代で描かれています。



心の深い傷、身体に刻まれた傷、そして偏見と差別…



誰もが理不尽さを感じると同時に誰もが避けたくなる事実と出来事に、この映画の登場人物たちは正面から向き合うことになります。



被爆二世として現代に生きる七波(ななみ)を田中麗奈がさわやかに演じています。



東京は7月28日から新宿シネマスクエアとうきゅうでロードショーです。ぜひ多くの方に観ていただきたい作品です。



私も、もう一度観ると思います。

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おとまり保育

7日から8日の土日にかけて、保育園でおとまり保育がありました。

例年は、同じ社会福祉法人の二つの保育園が合同で、どちらかの園でおとまり会をしています。しかし、今年は諸事情により各園別個に行ないました。

合同でおとまり保育をやる意義が今ひとつよくわからないまま昨年までやって来ましたが、実施にあたっては膨大なエネルギーを必要として来ました。何しろ年中・年長組両園合わせて子どもが80名、職員が40名以上参加します。

昨年、私は年長組の担任だったので、おとまり保育の運営の中心にいました。開催一ヶ月前から連日深夜に及ぶ準備と当日の運営は、あまりにも過酷すぎました。他の職員も同様に準備に追われ、大変な苦労をかけてしまいました。

一ヵ所にそれだけ多くの人が集まることの危険性(例えば深夜の火災や地震、侵入者など)や、家庭がある職員が参加できないことによる若手頼みの職員体制など、その問題点を訴えましたが、逆に「やる気がない職員」というレッテルを貼られてしまいました。

同じ法人内に複数の保育園がある場合、交流することは確かに大切なことだと思います。新しいお友だちと出会う体験も必要です。しかし、それをおとまり保育という職員に過酷な労働を強いる行事で行なわなければならない理由が私はわかりませんでした。

今年は保育園単独のおとまり会になり、今までとは違う感覚で参加することができました。非常にゆとりがあり、その分子どもたちとの時間を楽しみ、ゆったりとした夏の夜を過ごしました。これは、子どもの人数が40名弱だったので、イベントの運営が非常にやりやすかったことによると思います。

おとまり保育はイベントの連続です。グループ活動、食事、入浴、ナイトハイク、花火大会、さらには有志のお父さん方によるアトラクション… それらの運営をすべて職員が一から十までやらなければなりません。子どもが寝静まった後も、職員は数時間の仮眠しか取れません(私は昨年の仮眠は30分でした)。

しかし、それでも今年のおとまり会は楽しかったね! というのが正直な気持ちです。職員たちも余裕を持って参加できたので、あれこれ考えながら楽しい時間を演出できました。来年はまた合同おとまり会に戻るのでしょうが、職員の高齢化が進むと体力的にはさらに厳しくなりそうです。

交流という点で、私はひとつの提案があります。おとまり保育を保育園の園舎で行なうのではなく、別の公共機関(例えば青年の家など)を利用するのもひとつの案だと思います。食事や布団の準備・後片付けがないだけでも、職員の負担は相当軽減されます。楽をしたいからではなく、ゆとりができる分、子どもとの時間が増えるのです。

おとまり保育がなぜ必要なのか、という原点に今、もう一度戻って考えてみるべきではないでしょうか。

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教師の育児経験

今日の新聞報道からの引用です。

 校長らの勧めに応じて教職員を早期退職すれば退職金を割り増す制度をめぐり、東京都教育庁が退職を勧める具体的なケースとして、「3歳以上の子供の場合で、育児を手伝ってくれる家族等がおらず、本人が育児を行わなくてはならない場合」「子に先天的、後天的な障害がある等、育児に特段の事情がある場合」などを例示した文書を市区町村教委や都立高校などに通知していることが分かった。厚生労働省は職業と家庭の両立を目的とする育児介護休業法の趣旨に照らし「好ましくない」と指摘し、学校現場や識者からは「介護を抱え全時間出勤できない教員は不要ということか」と疑問の声が上がっている。

記事によれば、自分の子どもに障碍がある場合、東京都の教員は退職勧奨の対象となるそうです。私生活で育児や介護が大変な場合は、正常な勤務および教師としての業務ができない、と決めつけています。

私は、自分の子育てで苦労した経験が多いほど、教育や保育の仕事においてその経験を生かした実践ができると思います。もちろん、育児の経験がない人が教師や保育士として半人前という意味ではありません。また、自分の育児を優先させてクラス運営がおろそかになっている教師や保育士がいないわけでもないでしょう。

しかし、子どもに障碍があるから退職してもらう、という考え方には納得できません。実際にその通りの勧奨がされるかどうかはわかりませんが、具体例として「障碍」をあげているのですから、非常に大きなお世話ではないかと思います。

障碍を持った子どもの育児は、その親でなくてはわからないことがたくさんあります。中には仕事が続けられないことを選択した人も多いでしょう。でも、そのことが理由で仕事が続けられない社会は、人に厳しく情けもない経営優先主義と言えるでしょう。

障碍を持った子どもを育て、その育児体験が、他の子ども・生徒たちに「生命の大切さ」を教えることができるのではないでしょうか。それがある意味、現代の伝承ではないかと思います。

東京都教育庁のお役人は善意のつもりで言っているのでしょう。当然そこには自分たちが言ったことに疑問を持っているとは思えません。

また、心のすれ違いです…

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ゆとりのない教育現場

今日のニュースで、信じられない、けれども十分にありうるような事が報じられていました。少し長いのですが、引用します。

 東京都足立区教育委員会は7日、昨年4月に区が独自に実施した学力調査(テスト)で、トップの成績の小学校が、保護者の了解を得ずに情緒障害などのある児童3人の答案を採点対象から除外していた、と発表した。区教委は「保護者に説明せずに不適切だった。申し訳ない」とコメントした。
 区教委によると、学力調査は、小学2年~中学3年生を対象に04年度から区が独自に実施し、各学校ごとの順位を公表している。この学校は、05年度は44位だったが、06年度はトップになった。
 3人はいずれも6年生(当時)で、情緒障害などが見られる。普通学級に在籍しているが、週に何回かは別の学校の特別なクラスに通っていたという。
 3人はテストは受けたものの、「文章を理解する力が通常より難しい」などの理由から、校長の判断で採点対象から除外した。区教委は事前相談や保護者の了解があれば、問題の理解が難しい児童の採点除外を認めているが、この学校はその手続きをしなかった。校長は「怠った」と説明しているという。3人の児童の親のうち2人は校長の説明に納得していない。
 同区では、学校選択制を02年度から実施しており、成績の上位校に入学希望者が集まる傾向にある。この学校は、誤答している児童の机を教師がたたくなどの疑惑も指摘されているといい、区教委は、さらに調べる。区教委は「児童に対する配慮」を理由に、学校名は明らかにしなかった。(毎日新聞より)

学校教育から障碍児を排除する。

学校教育のすべてに高成績、高得点を優先させる。

この出来事に対して、いくらでも批判を述べることはできます。しかし、批判をしたところで、多分当事者である学校の先生方には理解できないのかもしれません。

また、学校教育に競争原理を取り入れたことによって生じた問題であるとも言えます。しかし、競争することが正しいことだと信じている先生方には、やはり理解できないのかもしれません。

障碍児は競争の対象にならないから排除することが親切で正しいことだ、と考えている先生方もいるのかもしれません。

ゆとりのない教育。常に成績の高い低いで質も量も判定してしまう教育。さらにそれを支援する市民…

何が正しいのか、本当にわからなくなってしまう「事件」だと思います。

なぜ競争しなければならないのでしょうか。競い合うことに何の意味があるのでしょうか。学校教育という一部の知識に優れた者だけが祭り上げられ、それを目標にみんなが目指し、そして弱者だけが取り残されていく…

そんな社会が正しいのでしょうか。

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神の眼

ある保育セミナーに参加しました。前半は、ドイツから来日した幼児教育関係者によるドイツの幼稚園についての講演でした。ドイツの幼稚園・保育園がうらやましいくらい優れている点は、画像などを通してよくわかりました。国家・行政による予算のかけ方が、日本とはけた違いであることも想像できました。

後半は、日本の保育園関係者とのワークショップでした。ドイツの方は自国の保育制度に絶対の自信を持っているようでした。それに対して日本の方は、自虐的とも思われるくらい日本の保育の現状について、その問題点を次々と挙げました。

例えば、カリキュラム作成など事務的な仕事がたくさんあること…

大きな行事がたくさんあり、そのための準備で残業が多いこと…

保護者から園に対するクレームが非常に多いこと…

年齢別保育に固執していること…

ドイツに限らず、今までいろいろな国の方の話を聴く機会がありましたが、誰ひとりとして自国の保育制度の問題点や課題については触れません。ドイツの方も、何一つ問題がないと言い切っていました。

それに対して日本は、世界標準であるドイツよりはるかに遅れているそうです。

もやもやとした違和感を感じました。

普段、テレビのドラマを観ていると、視聴者からの視線は主人公でも脇役でもありません。それは、いわゆる「神の眼」なのです。どの国が進んでいて、どの国が遅れているかという問題も人間が決めることなのでしょうか。

たとえ日本であっても、幼児教育に、子育て支援に、努力奔走している人々を評価するのは「神の眼」ではないでしょうか。私は世界最先端の水準を目指す保育というものが何なのかよくわかりません。

保育園は、その地域のオンリーワンであることが大切だと思います。

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ブリーフセラピー・その2


今日も、昨日に続いてブリーフセラピーの講座に参加しました。



ブリーフセラピーでは、クライアントに対するセラピストとしての姿勢や心構えが非常に重要になります。



例えば、言葉の使い方、傾聴の仕方や姿勢、質問の言い方やタイミングなどです。



またクライアント自身、または子ども個人の問題に焦点をあてるのではなく、成功体験を生かし膨らませることを重視します。



これは子どもの現場では非常に大事な事だと気がつきました。子どもは、しばしば失敗を繰り返します。大人だって同じ失敗をすることは珍しくありません。失敗したことを注意してばかりいたら、子どもは、人はどうなってしまうでしょうか。



成功体験を膨らませる!



この一言で生き方がガラリと変わってしまうようです。



もちろん、ブリーフセラピーはこのような単純なものではありません。さらに研さんを積み上げたいと思います。

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