« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

「車のいろは空のいろ」


「車のいろは空のいろ」



あまん きみこ 作



北田 卓史 絵



ポプラ社 発行



1977年5月 初版発行



新聞報道によれば、児童文学作家の、あまんきみこさんが春の叙勲に選ばれたそうです。



私にとって、あまんきみこさんの作品「車のいろは空のいろ」は、まだ保育士を目指す前の高校生の時に出会いました。



最初は、シンガーソングライターの谷山浩子さんが、アルバムの中で、「車のいろは空のいろ」をテーマにした歌と語りを聴いたのがきっかけでした。



当時、小さい子どものことなど、まったく関心がなかった私が初めて買った児童文学作品でした。



空いろのタクシーを運転する松井さんが、さまざまな不思議な体験をして行きます。



小学校の教科書にも採用されたので、読まれた記憶がある方もいらっしゃると思います。



私は、戦争の空襲をテーマにした「すずかけ通り三丁目」、病気の母親のお見舞いに行く山猫を乗せたお話「山ねこ、おことわり」などが印象に残ります。



「車のいろは空のいろ」は、私の児童文学を読む上での原点です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

花びらのアート


多摩都市モノレール、立川北駅近くで見つけました。



チューリップの花びらを一面にしきつめたアートです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイコロ キャラメル


明治サイコロせいぶつ

「コんガらガっち」

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ウルトラマンのポストカード





卒園生からポストカードが届きました。

ウルトラマンティガです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「POWER FOR LIVING」


「POWER FOR LIVING」



ジェイミー・バッキンガム 著



アーサー S.デモス財団 発行



2007年1月1日 刊行

シンガー・ソングライターの久米小百合さん(かつて「異邦人」を歌った久保田早紀さん)や、本田路津子さんのメッセージは、本当に心を洗われる気持ちになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ナザレのイエスは神の子か?」

「ナザレのイエスは神の子か?」

リー・ストロベル 著

峯岸 麻子 訳

いのちのことば社

2004年3月15日 初版発行

シカゴ・トリビューン紙の記者であった著者は、妻がクリスチャンになったことをきっかけに、キリスト教の本陣であるイエスについて、徹底的に調べようとします。元々宗教に対して懐疑的であり、自分の目で見たものしか信用しない根っからのジャーナリストである著者は、アメリカで著名な神学者、哲学者など13人の専門家にインタビューをしたのが、本書の中核になっています。

著者が投げつけた疑問点は、おおよそ次のとおりです。

  1. 聖書に書かれている福音書の著者たちを信用することができるか。
  2. 福音書は、綿密な調査にもその真実性を失わないか。
  3. 福音書は、長い歴史の中で正確に伝承されたものか。
  4. 福音書以外にイエスに関する有力な証拠はあるのか。
  5. 考古学は福音書の内容を証明できるか。
  6. 歴史上のイエスと福音書に登場するイエスとは同一人物か。
  7. イエスは自分が神の子だと確信していたのか。
  8. 自分を神の子だというイエスは心理学的に正常な精神の持ち主だったのか。
  9. イエスは神の属性をすべて兼ね備えていたか。
  10. イエスと預言された「救い主」とは一致するのか。
  11. イエスは死んだふりをしただけで、復活はでっち上げではないのか。
  12. イエスの遺体は、本当に墓から消えたのか。
  13. 十字架による死後、復活したイエスを目撃した人はいるのか。
  14. イエスの復活を裏づける証拠は存在するのか。

これらの疑問に専門家たちは明快かつ納得ができる答えをしていきます。ここでその内容を書くことはできませんが、非常にわかりやすく、読んでさわやかな気持ちになるくらい、おもしろいインタビューが続きます。そして著者は、インタビューの後に、ひとつひとつの疑問とその答えを綿密に考察していきます。

そして著者、リー・ストロベル氏は、懐疑主義を棄て、現在では洗礼を受けクリスチャンになりました。これだけの事実が明らかになれば、それは自然な成り行きなのではないかと思います。

******

この一冊の本によって、私はキリスト教が非常に身近なものとして感じられ、素直に神の存在を信じるようになりました。と言っても、教会に通っているわけではなく、その点ではいい加減としかいいようがありませんが…

私が今まで宗教に対して疑問を持っていたのは、ある特定な宗教が政治活動と結びついていて選挙のたびに身近でない人から手紙が来たり、訪問を受けたりしたことがあるからです。また、社会的な弱者に近づき、入信を勧めたり、物品を買わせたり、お布施のようなものを納めさせたり、ということが経験的に事実としてあるからでした。

キリスト教についても、さまざまな宗派があり、教会組織があり、どこがどう違うのか、今でもよくわかりません。もちろん、怪しいと思われるものもあり、ぜひ礼拝に参列してお話を聴いてみたいと思うものもあります。

この本を読むきっかけになったのは「パワー・フォー・リビング」という本を読んだことに始まります。その後、私は現在もキリスト教に関する書籍を読み続けています。このブログでも紹介していきたいと思います。

私は、いま素直な気持ちで、神の存在を信じ、毎日、神に祈っています。

それは、私自身だけでなく、私を取り巻く人々、家族、出会った人々(例えば保育園を卒園した子どもたち)、みんなが愛にみちあふれ、幸せになれるよう、毎日祈り続けています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

卒園生からの手紙


何人かの卒園生からお手紙をいただきました。



みんな、元気に小学校へ通っているようです。



とてもうれしく思いました。



どうもありがとうございました!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

HAPPY BIRTHDAY!

HAPPY BIRTHDAY!

はずかしながら、自分で言ってしまいました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

保育園は小学校の予備校ではありません!

新学期に入り、そろそろどこの学校でも、保護者会が始まる頃ではないでしょうか。

私が勤務する保育園でも、今日から保護者会が始まりました。

トップをきって今日は、新年長組でした。私は幼児クラスのフリー保育士なので、保護者会に出席しました。

その中で、新年長組の担任保育士が、小学校の教員から手に入れたという、「入学までに身につけてほしいこと」を読み上げました。

その内容は、「早寝早起き」に始まり、「自分でできることは自分でやる」「トイレの後始末は自分でやる」「人の話はきちんと聴く」「自分の名前を書けるようにする」…

次々と、「小学校へ入るための条件」が述べられていきます…

必死にメモを取るお母さんたち…

ちょっと待ってください。

確かに今の時代、健康的な生活習慣が身についていない子どもがたくさんいることは問題でしょう。

1人の先生が40人の1年生をみるのは大変なご苦労があるでしょう。

しかし、あえて述べれば、保育園は小学校の予備校ではありません。

小学校でここまでできるように、入学までに身につけてください、というのは、もともとおかしな話ではないでしょうか?

このように、学校教育の論理は、はじめに目標ありきの「トップ・ダウン」的思考が当たり前のようになっています。

しかし、子どもたちひとりひとりの発達は、日々ひとつひとつの積み重ねと、大人たちとの関係によって築かれるもので、いわゆる「ボトム・アップ」的な思考が基盤になるのではないでしょうか。

障碍を持った子どもの教育カリキュラムを計画する場合に「トップ・ダウン」的な見方から企画する場合はあります。これは、将来社会に出るための教育を行なうという視点に立つ必要があるためです。

しかし、小学校1年生の「入学条件」は、子どものためのもの、というより先生が授業をやりやすい子どもに仕立ててください、という保育園に投げかけた「宿題」のように思えてしかたがありません。

私の考え方、ちょっとひねくれているでしょうか…

| | コメント (0) | トラックバック (2)

認定証をいただきました


臨床発達心理士認定証をいただきました。



さっそく研修が目白押しです。



現場の実践とともに勉強に励みたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

障碍診断の難しさ

「現代のエスプリ 476

スベクトラムとしての軽度発達障害Ⅱ」

2007年2月発行

至文堂

子どもに障碍があるかどうか、という診断をするのは医師(原則的には児童精神科医)が行う仕事です。

しかし、昨今の「軽度発達障碍」というあいまいな概念が、まるで流行のように教育関係者やマスコミで言われるようになり、私は個人的には、「障碍」という概念がいっそうわからなくなりました。

「軽度発達障碍」という診断名は実際には存在しません。

知的な遅れをともなわない、学習障碍(LD)、広い意味での自閉症圏を意味する広汎性発達障碍、注意欠陥/多動性障碍(AD/HD)などが軽度発達障碍のカテゴリーに入るとされています。ただ、これに知的に障碍がある子ども、あるいは境界とよばれる子どもたちを含めるかどうか、専門家でも議論が分かれるところです。

また、例えば広汎性発達障碍については、最近私の周囲で何人もの子どもがこの障碍名を診断としてつけられて来ました。この障碍の概念もあいまいなことは、子どもを観察していて実感するところです。「障碍の専門家が診断すれば、誰でも広汎性発達障碍と言われてしまうなぁ」と思うことはとても多いのです。

専門書を読んでも、諸説が並記されているだけで、ますますわからなくなります。

現状では、まず子どもの行動をよく観察して、その子どもの状態を知ることが大切だと思います。知能検査も大切ですが、発達を個体の成長と位置づけている諸検査は、あくまでも子どもを知る上での一部分にすぎないことを認識すべきだと思います。

子どもが発達する過程において、養育者(親)との関係、保育士との関係、兄弟の関係など、さまざまな人間関係を無視することはできません。いろいろな人との関わりから、子どもは発達するものだからです。どんなに優秀な子どもでも、一人で成長することはできません。

じっくり、じっくり、子どもとかかわっていきましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あなたに会えてよかった

サヨナラさえ
上手に言えなかった
あなたの愛を
信じられず
おびえていたの
時が過ぎて
今 心から言える
あなたに会えて
よかった
きっと 私

淋しい夜
そばに居てくれたね
言葉に出来ない気持ち
わかってくれたね
何んにも言えず
ただ 泣いてるだけで
本当の気持ち
いつでも 言えたなら
そばに居れたね ずっと

サヨナラさえ
上手に言えなかった
あなたの愛に
答えられず
逃げてごめんね
時が過ぎて
今 心から言える
あなたに会えて
よかった
きっと 私

切ない夜
キレイに写ったね
こわれそうで
大切に抱きしめあったね
余裕がなくて
ただ 自信がなくて
あなたのゆれる気持ちに
気づかない
ふりをしてたの
ずっと

追いかけてた
夢が叶うようにと
ねぇ
どこかで そっと
祈ってる
あなたのために
遠い空に
輝く星のように
あなたは ずっと
そのままで
変わらないで

思い出が
星になる…

時が過ぎて
今 心から言える
あなたに会えて
よかったね
きっと 私

世界でいちばん
素敵な恋をしたね

「あなたに会えてよかった」
作詞:小泉 今日子
******

この歌を聴いていて、思い出すのは、ずっと昔に別れた彼女のことです…

子どもは未来を夢見て、老いたる大人は過去を振り返る…

| | コメント (1) | トラックバック (0)

想い出の6年間


保育園の卒園式後に開かれた謝恩会で公開された映像のDVDをいただき、さっそく観せていただきました。



まずこの映像DVDを制作した卒園児保護者のMさんに感謝いたします。プロ並みの編集技術には、ただただ驚くばかりです。ありがとうございました。



この映像は、卒園生21人の誕生から卒園までの6年間の写真によって構成されています。多くがご家庭で撮影された写真で、バラエティがあり、とても楽しいものばかりです。



お子さんの成長の記録としては最高の映像なのではないでしょうか。



21人のみんなとめぐり会えたことを私は幸せに思います。



本当に、ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

入学式

今日は、近隣の小学校の入学式でした。
私も保育園の近くにある小学校にうかがい、入学式に参列しました。
ぴかぴかの1年生。とても可愛らしかったですね。
お昼頃には、ほとんどの卒園した1年生が保育園へ来てくれました。

いろいろな色のランドセル…
再会の中の喜びと笑い

同時に、わずか一週間ぶりの再会でしたが、1年生のみんなが、ちょっと大きくなって、成長したように見えました。

新しい1年生の未来を祝福しましょう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なんてったってアイドル!


K25 KOIZUMI KYOKO

ALL TIME BEST



なんてったって25年!



小泉今日子は、元祖「宇宙人」!



永遠のアイドルです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「いじめ」を考える

「いじめ問題と どう向き合うか」

尾木 直樹 著

岩波ブックレット№695 

2007年3月7日 発行

最近の「いじめ問題」について、わかりやすく解説された本です。

「いじめは加害者が100%悪い、たとえ被害者に問題はあったとしても、個人の人権は尊重されなければならない」という尾木氏の主張が本書の中で貫かれています。

近年の思春期(小学生高学年から高校生あたり)におけるいじめ問題は、被害者が時には加害者になったり、携帯電話の普及によりメールによる攻撃が頻繁に行われるなど、大人からは見えにくい実態があります。

いじめが原因による自殺の事実を隠蔽する文部科学省・教育委員会・学校関係者たちの姿勢は、市民だけでなく、子どもたちからも強い不信と絶望感を抱かせています。文科省大臣宛に子どもたちからの自殺予告の手紙が次々と送られたケースがこれを裏づけています。

組織としての管理体制が強化されつつあり、「教育再生会議」でも教師に対する過大な要求が高くなり、息苦しさが高まりつつある学校社会がいじめの根本的な原因のひとつであり、解決するのはかなり困難と言えるでしょう。例えば、いじめの根絶のために「いじめ件数半減」「不登校ゼロ」などと、すぐに数値的な目標が上から押しつけられているのが現状です。これが教師の人間としての感性とゆとりを奪い、逆にいじめを助長してしまうこともあるのです。

また、親の立場からの「いじめ」の予兆を見つけるための努力が求められます。いじめられている子どもは、必ず何かしらの兆候を示し、自殺も事前にサインが出ていると言われています。それを見逃さないための親の目が求められます。何でも学校の責任にして、糾弾するだけでは何の解決にもなりません。

また、私が保育園の保護者の方々と話していて一番気になることは、「小学校に入ったらいじめられないか心配です」と言う方は圧倒的に多いのですが、「いじめの加害者にならないか心配です」と言う方は皆無ということです。いじめの現実は、ひとり子が被害者にも加害者にもなる可能性が高く、昔のように非行に走る子だけが加害者という時代ではありません。いじめられないために加害者側に加わったり、傍観してしまう子はたくさんいるのです。そのことを私たちはもっと自覚しないといけないでしょう。

尾木氏があげる「いじめをする時期の加害者イメージ」として

  • わがまま
  • 自分がない
  • すぐにむかつく
  • かっこつけたがる
  • リーダー
  • 目立ちたがりや
  • 先生や上級生にうけがよい
  • 言葉が達者
  • 無責任で積極的
  • 明るい

この中で「リーダー」や「先生や上級生にうけがよい」「明るい」などは、一般的に良いイメージであり、いじめの加害者とは無縁のように思われるかもしれません。しかし、私が保育園の子どもたちの関係を見ていても、どの子どもでもいじめる側に加担してしまう可能性は否定できません。

反対にいじめを受けることを防止する方法は、ほとんどないと言っていいでしょう。何が原因でいじめが始まるか、誰にもわからないことなのです。したがって、いじめられる子どもを励ましたり、元気づけることよりも、いじめる子を生み出さない生活環境が絶対的に必要なのです。

いじめはなくすことはできない。これだけは言いたくないところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コラボいなぎ いなぎワークセンター 入所式


今日は、コラボいなぎ・いなぎワークセンターの入所式に参加しました。



ここでは、障碍を持った人たちが、一般企業就労および自立した生活を送ることを目標に、支援を受けながらさまざまな活動を行ないます。



私の二女は、ここの製菓部門で、お菓子作り、包装、配送、販売を行ないます。



社会人としてのマナーと技能を身につけ、自立へむけてがんばってほしいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

特別支援教育士 審査合格

日本LD学会・特別支援教育士資格認定協会から通知が届きました。

特別支援教育士の資格審査に合格しました!

3年間の講習を経ての結果なので、大変うれしく思います。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »