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ふたたび「地球の静止する日」

創元SF文庫

SF映画原作傑作選

「地球の静止する日」より

「主人への告別」
(「地球の静止する日」原作)

作 ハリイ・ベイツ

2006年3月

発行 東京創元社
SF映画「地球の静止する日」の原作である「主人への告別」です。
映画と原作小説のストーリーがまったく違うのは驚きです。
これは、小説の解説によれば、映画製作会社は、当初、SFを題材にした地球の危機を訴える映画を企画したそうです。その原作に、1940年に発表された「主人への告別」が選ばれ、宇宙人クラートゥとロボットのヌートがワシントンに飛来する部分だけを取り出し、映画用に独自のストーリーが展開されたようです。
宇宙人と言えば「地球侵略」というパターンがイメージとして強く感じられます。しかし、この映画も原作の小説も、ストーリーは違っても、宇宙人は侵略者としては描かれていません。それだけに、名作のひとつとして、強い印象を受けます。
ぜひ、映画と小説の両方を鑑賞されることをおすすめします。

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「地球の静止する日」

「地球の静止する日」

監督:ロバート・ワイズ

製作:ジュリアン・ブラウスティン

脚本:エドマンド・H・ノース

音楽:バーナード・ハーマン

出演:マイケル・レニー/パトリシア・二ール/ビリー・グレイ/サム・ジャッフェ/ヒュー・マーロウ
1951年製作・公開

アメリカ映画

宇宙からの来訪者クラトゥは、全銀河系からの要請として、地球上の暴力的闘争・特に核兵器の使用について即時中止を勧告します。ワシントンに飛来したクラトゥは各国の代表者との会談を希望しますが、あえなく拒絶されてしまいます。彼は暴力には否定的ですが、強力な力を持っていることを示すため、30分間だけ地球の機能を停止させます。地球の静止する日です。しかし、このことが敵対行為として受けとめられ、クラトゥは軍隊によって射殺されてしまいます。彼とともに宇宙船から現れた銀色のロボット・ゴートは、クラトゥの遺体とともに、宇宙船の中へ消えて行きました…

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唐突に飛来した円盤型宇宙船は、地球を侵略する目的ではなく、平和の使者として現れました。しかし、思考能力が追いつかない人間の愚かさによって、平和のメッセージは踏みにじられてしまいます。

宇宙の視点から見れば、地球人類の科学技術も、思想も、すべてが幼く、愚かに映ります。人間と同じ姿をしたクラトゥが、何とかして地球人に平和を訴えようとする場面が中心になります。市民の生活に入り込み、少年から人間世界の情報を聴き出し、順応しようと努力します。リンカーン大統領の石像の前では、敬意の念を持ちます。

結局、クラトゥの努力は実ることはありませんでした。しかし、だからと言って、地球が全銀河の連合体から抹殺される、ということもありません。人々は、また日常に戻っていきます。

この映画は、人間の愚かさだけが浮き出される話です。

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「渚にて」

「渚にて」

製作・監督:スタンリー・クレイマー
脚本:ジョン・パクストン
原作:ネビル・シュート

音楽:アーネスト・ゴールド

出演:グレゴリー・ペック/エバ・ガードナー/フレッド・アステア/アンソニー・パーキンス/ドナ・アンダーソン
1959年製作・公開

アメリカ映画
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1964年、第3次世界大戦が勃発。核兵器の使用により、地球全土は放射能によって汚染されてしまいます。唯一、南半球のオーストラリア周辺の一部を除いて、人類は死滅してしまいました。本国に帰還できなくなったアメリカの原子力潜水艦は、メルボルンに入港します。しかし、その地にも死の灰が迫りつつありました。
潜水艦の艦長タワーズ(グレゴリー・ペック)を中心に、死が迫りつつある人々の葛藤を描いた映画です。
放射能によって死の街となったサンフランシスコ…
死の灰が到来する前に、劇薬の配布を待つ市民の列…
生まれたばかりの子どもを自分の手で命を奪うことに悩む若い夫婦…
結末がわかっていたはずの核戦争を引き起こしてしまった、人間の苦悩と後悔…
終末が近いことを知りつつ、渚でくつろぐ人々の悲しさが、あまりにもリアルに描かれています。
この映画が公開された1959年当時は、核兵器の軍拡競争がアメリカ・ソビエトの間で加速し、東西の冷戦状態が本格化した頃です。その数年後には、核戦争の一歩手前まで行った「キューバ危機」が起こりました。
東西冷戦の時代が終わり、核兵器による人類絶滅の危機は去ったかのように思われます。
しかし、依然として世界中には核兵器が存在し、軍隊が管理しているのです。そのことを忘れてはなりません。
この映画は、戦争とは何ら関係のない人々が、核戦争によって死んでいく姿を描くことによって、人類への警告、戦争の愚かさ、そして、人間の手によって作られる運命の恐ろしさを訴えています。
ぜひ、一度は観ていただきたい映画です。

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童具館 訪問

東京・大田区にある童具館を訪問しました。
新しい童具「クムンダ」を実際に見て来ました。一階のアトリエでは、小学生の造形クラスが開かれていました。
和久洋三さんは出張だったので、お会いすることはできませんでした。
童具の「かずの木」についての書籍が新刊されていたので、さっそく購入しました。「かずの木」は、数量を積木で表現したもので、小学一年生の教材として広く使われている水道方式の「タイル」をさらに発展させたものです。近いうちに、実践報告をこのブログでも行いたいと思います。

帰りは、羽田空港にまわって、飛行機をたくさん見て来ました。

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造形活動

絵の具による造形活動を行いました。

絵の具は、準備や片づけが面倒な点があるので、保育士にはあまり好かれないかもしれません。

しかし、私は絵の具が大好きです。

子どもたちも絵の具をやると、とても生き生きとしてきます。

色が全部混ざってしまい、全面黒っぽい絵になってしまう子もいますが、それも経験なのだと思います。大人が否定しなければ、子ども自身は満足して、また新たに絵を描き始めます。

表現の大切さを守りたいと思います。

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キグルミ?来園!

今日は保育園で、1月生まれの子どもを祝う「誕生会」が開かれました。

ゲストは、なんと「キグルミ」…

????????

曲はもちろん、「たらこ・たらこ・たらこ」です。

アンコールは子ども全員で唄っておどりました。

左側は… 

…わたしです。

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保育園は、何でもやります。

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子どもへの支援は家族への支援

「LD&ADHD」

特集・「家族への支援」を考える


2006年10月

明治図書
子どもへの支援を考える時、一般的には子ども自身への支援が考えられます。これは障碍がある無しに関係ないでしょう。
しかし、子どもが保育園や学校にいるのは、昼間の時間でしかありません。夜を含む一日の多くの時間は家庭で過ごします。その場合、家庭での生活環境、親の養育のあり方、兄弟関係など、子どもを取り巻く状況にはさまざまなものが関わって来ます。
したがって、子どもの支援を考える場合は、その家族の支援も視野に入れなければなりません。
常識的には、私たち第三者の他人が家庭に入り込んであれこれと指導する、などということはできません。家族との面談などを通して、家族が抱える苦しみや悩みを受け止める必要があります。
特に、障碍がある子どもの場合、家族の苦悩は想像以上のものがあります。それを知ったかぶりして受け答えすることをすると、家族から信頼を得ることはできません。できるだけ家族の立場に立って、気持ちを受け止め、共感することが大切です。
学校や保育園の空間だけで子どもの教育・保育を考える時代は終わりました。子どもを支援することは、家族を支援することです。このことを教師も保育士もはっきりと自覚することが大事ではないでしょうか。

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特別支援教育・その2

1月22日付 東京新聞のコラムより…

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教育が政治課題になると必ずと言っていいほど法律や制度の改正論になる。そうしないと政治の出番がない。「百家争鳴」に見える安倍晋三首相肝いりの教育再生会議の第一次報告も同じ道をたどっている。夏に参院選を控えており、より必然なのだろう▼「ゆとり教育」見直しのための学習指導要領改定、教育委員会制度の抜本改革、校長や教頭を補佐するポストを新設するための学校教育法改正… 教育が再生するのか、実感がわかない。再生に長い月日を要することは感じる(後略)

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特別支援教育もひとつの制度改革です。

特殊学級は、特別支援学級になります。養護学校は特別支援学校になります。名称が変わっても、運用の仕方が変わらなければ、何も変わりません。

数年前から障碍児の教育現場では、個別指導計画―いわゆる「IEP」が作成されています。年度ごと、学期ごとにひとりひとりに応じた指導計画が担任教師の手によって作られ、保護者に配布されます。子どもはひとりひとりみんな違う問題を抱えています。ですから、指導計画が個別に立てられることは、保護者にとってもうれしい限りです。

しかし、現実には指導計画の立て方、つまり入口の方法論でつまずいてしまっているのが現状なのではないでしょうか。先生方は必死になって個別指導計画を立てますが、内容が実際の教育現場とはかい離していたり、計画書のフォームにこだわったりなど、枠組みで悪戦苦闘が続いています。

特別支援教育が、本当に子どものための支援になるのか。それはまだ誰にもわかりません。私も日本LD学会認定の「特別支援教育士」の資格を取るために3年間勉強を続けて来ましたが、まだ先はわからない状態です。

小学校へ子どもを送り出す保育園の立場としては、安心できるシステムを学校教育に期待したいところです。制度の改革が看板倒れにならないよう、私たちも自らの現場でがんばるしかありません。

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特別支援教育


「こころの科学 124

特別企画・就学相談と特別支援教育」


日本評論社 刊

2007年度の4月から、小学校、中学校で特別支援教育がスタートします。これは、今まで「特殊教育」と呼ばれていた障碍児に対する教育の革命でもあります。

今までは、「障碍がある」「障碍がない」という区別で子どもの就学先が決められていました。障碍がある子どもは、「特殊学級」あるいは「心身障碍児学級」、または「養護学校」へ入学しました。

しかし、近年、LD(学習障碍)、ADHD(注意欠陥多動性障碍)、さらに高機能自閉症やアスペルガー症候群などを含む広汎性発達障碍(PDD)などの子どもたちが一般の学級に多数在籍していることが問題になりました。その割合は、平均して全体の6%強と言われています。

もともとこれら「軽度発達障碍児」と呼ばれる子どもたちの他に、知能指数が境界値周辺にある「軽度の知的障碍児」が一般の学級に2%程在籍していると言われています。

一般の学級(「普通学級」という言い方をしますが)では、教師の指導能力や教育環境に限界があり、これら個別に支援する必要がある子どもたちをサポートできるシステムがあまりありませんでした(「通級指導学級」という制度があります)。

特別支援教育は、障碍があるなしにかかわらず、ひとりひとりに応じた支援を行う「インクルージョン」という考え方に基づき実施されます。これは、学校教育の改革的新システムとも言えるでしょう。

ただし、具体的にはどのような取り組みをするのか、その地域、その学校によって違うようです。問題なのは、新しいシステムを導入するにあたり、国家からの予算がないということでしょう。単純に考えて、ひとりひとりの支援を行うためには、それだけ多くの人的資源が必要になります。予算の中で多くの割合を占めるのが人件費です。その予算がない新システムというのは、どういうものなのでしょうか。

期待と不安の中、新しい船出を見守りたいと思います。

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「633爆撃隊」

「633爆撃隊」

監督:ウォルター・E・グローマン
製作:セシル・F・フォード

出演:クリフ・ロバートソン/ジョージ・チャキリス/マリア・バーシィ 他

1963年製作・公開

アメリカ映画
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ベトナム戦争終結までは、このような戦争映画が数多く製作されました。
ストーリーはフィクションですが、実際の第二次世界大戦でイギリスの爆撃機として活躍した「モスキート」が登場します。633爆撃隊とは、モスキートによる爆撃部隊のひとつです。
633爆撃隊は、連合軍によるノルマンディー上陸作戦を前に、ノルウェーにあるドイツ軍の兵器用燃料工場の爆撃する命令を受けます。隊長のグランド中佐を中心に、英連邦のさまざまな国の隊員が集まった633爆撃隊は日夜爆撃訓練に励みます。そして、ついに難攻不落の工場に向かって爆撃を開始します…
ドイツ軍の工場はノルウェー独特の入り組んだ海岸地帯の奥、高い崖下にあるため、直接の爆撃ができません。そのため、特殊な爆弾で崖を爆撃して工場を落石で破壊しようとします。
過酷な訓練の連続、モスキートの機動力、そして爆撃…
戦争映画、特に航空機ものが好きな人にとってはたまらない作品だと思います。私も子どもの時に初めて観て、「カッコイイ」「すごい」「爆撃機に乗りたい」と軍国少年のように感激した記憶があります。
この映画でも、ドイツ軍はあくまでも徹底的な悪役です。連合軍のイギリスは正義の象徴であり、ノルウェーのレジスタンス(あまりにもフランス調なのが気になりますが…)は平和の戦士として描かれています。
ドイツ軍に捕らえられたレジスタンスの同志の口を封じるために、グラント中佐が収容所を爆撃するシーンがありますが、それも戦争に勝つための手段として必要なんだ、という説得力があります。ただ、その任務のためにグランド中佐は深く傷ついてしまいます。同志の妹とのロマンスも自らの意思で破局してしまいます。また、隊員のひとりと結婚した女性がラストで毅然とした態度でいる姿も、戦争の悲惨さを感じさせます。
爆撃直前に、ドイツ軍の対空砲火陣地をたたく作戦が失敗してしまいます。633爆撃隊は、対空砲火をあえて受ける覚悟で戦場へ突入していきます。ここに戦争映画のひとつの醍醐味があります。「男がここで逃げてたまるか」精神で、作戦を遂行する「かっこよさ」が、観る人を引きつけます。
戦争とはこのようなものでしょうか?…
「男だったら、自分を犠牲にしても、愛する人や家族をまもるんだ」という気持ちは、私もよくわかります。実際、1980年代にソ連が北海道に攻めて来るのではないか、ということが真剣に論じられた時代がありました。その頃、私は一時期本当に自衛隊に志願しようかと思ったこともありました。
しかし、それでいいのでしょうか…
ひとつだけ事実として言えることは、戦争がいったん始まってしまえば、「敵軍から市民を守るために」という大建前のもと、人々は次々と戦場へ駆り立てられるのです。好きだ嫌いだという前に、銃を持たなければならない状況になります。
いろいろな経験を積んできたためか、30年ぶりに観た「633爆撃隊」は、ただカッコイイだけでは済まない気持ちにさせられました。

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「バーバパパのはこぶね」

「バーバパパのはこぶね」



アネット・チゾン/タラス・テイラー 作

やました はるお 訳

講談社

1975年11月
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バーバパパ版の「ノアの箱船」のお話です。

公害や汚染など、環境問題をわかりやすく理解できるお話です。汚染された地球をバーバパパたちはあっさりと見放してしまいます。私たちは地球に見切りをつけることはできません。
しかし、現状は退廃する地球の環境をいかに食い止めるかが焦点になっています。資源を食いつくし、環境を汚染し続ける人間社会。環境破壊によって地球が死に向かうのを少しでも後に延ばすことしか私たちにはできないのです。
その先には、以前に紹介した「地球へ…」のような絶対管理社会が待っているのでしょうか…

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「かぼちゃスープ」


「かぼちゃスープ」

ヘレン・クーパー 作

せな あいこ 訳

アスラン書房

2002年4月
私のクラスのYちゃんご推薦の絵本です。
仲の良いあひるとりすとねこ。でもかぼちゃスープを誰がかきまぜるかで大げんかしてしまいます。
本当は仲良しなのに、ついつい自分を主張してしまってけんかになってしまう。そしてだんだん後悔する… そんな子ども(と言うか人間)の心理がよく表れています。

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「フンガくん」

「フンガくん」


国松 エリカ 作

小学館

1996年11月

元気のいい子ブタのフンガくん。

フンガくんは、泣いたり、だだをこねたり、へそをまげたり、あばれたりと毎度おおさわぎです。

見方によっては、フンガくんはADHD(注意欠陥多動性障害)かもしれません。

それは、毎回フンガくんがおおさわぎをした後は、そばにいるはずだったお母さんとかならずはぐれてしまうからです。

そして、最後には、なんで自分がおおさわぎをしていたのか、フンガくんは忘れてしまいます。

お話のこのオチが楽しいですね。

しかし、フンガくんにレッテルを貼ることが、私の真意ではありません。

とても大切なことは、おおさわぎをしてどんなに迷惑をかけても、それを受け入れてくれる地域と社会が、この絵本の中にはあるのです。

これは映画「男はつらいよ」の世界にも通じていることですね。
フーテンの寅さんが実際にいたら、周りの人はたまったものではありません。何だかんだと言って、その寅さんを受け入れる「寅屋」の人々の人情に、私たちは忘れてしまった何かを感じ、求めるのです。
いまの社会は、それだけのゆとりとおおらかさがあるでしょうか。

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双極性障害

双極性障害

「こころの科学 131

特別企画・双極性障害」

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「双極性障害」とは、躁うつ病のことをさします。

躁状態は、簡単に述べると元気が良すぎて、行動力が活発すぎて、明るい状態です。睡眠を十分にとらなくても、遊びに仕事にバリバリと行動します。それに対してうつ状態は、気分が落ち込み、何をやっても楽しくない状態が継続して続くことです。

躁うつ病は、その二つの状態が交互にやってくる精神疾患です。

近年、うつ病には社会における認知度と理解が深まり、「怠けている」状態ではないことが知られて来ました。年間三万人を越える自殺者の中には、かなりの割合でうつ病患者が潜在していると言われています。気分が落ち込むだけではなく、頭痛や肩こり、だるいなどの身体の不調が症状として現れる「仮面うつ病」というのもあります。これは、本人がうつ病と自覚しにくい状況になりがちです。

作家や芸術家にも双極性障害を持っていた人は多くいたようです。代表的なのはゲーテでしょう。ゲーテの作品には、明らかに双極性障害の主人公が登場します。

「こころの科学 131」の中で、特におもしろかったのは、順天堂大学医学部の井原裕氏による『「激励禁忌」神話の終焉』です。

それによると、うつ病の患者には「激励」することが禁忌(絶対にしてはいけない)なのだそうです。励ますことによって、患者は過度の負担を感じ、自殺衝動を誘発しかけない、というのが日本の医学界では常識となっていて、医師国家試験にも出題されるようです。ところが、英語圏の医学書には、うつ病患者を励ますことが奨励されており、特に認知行動療法などの心理療法では、励ましは重要な意味を持つこととされています。「薬を飲めば大丈夫ですよ」というひと言すら、日本の医師は言えないのが現状だそうです。

うつ病患者は、心のどこかで、人からの支援、励ましを求め、待っているものです。励ましは「脅し」でも「過大な期待」でもありません。もちろん、言葉の使い方によるのですが…

精神科医療の限界と難しさを見たような気がしました。

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「アラモ」

「アラモ」

「アラモ」

製作・監督:ジョン・ウェイン

出演:ジョン・ウェイン、リチャード・ウィドマーク、ローレンス・ハーベイ、他。

1960年製作・公開

アメリカ映画

アメリカ西部開拓史上に残る「アラモ砦の戦い」を描いた作品です。

ウエスタン映画では、すでに伝説になりつつある、名優ジョン・ウェインが製作・監督・主演しました。

1836年、当時メキシコ領だったテキサスの独立をかけて、5000人のメキシコ軍を相手に、わずか185人の義勇軍でアラモ砦に立てこもり、戦いをいどみました。その中には、テネシーから駆けつけたディピー・クロケット(ジョン・ウェイン)もいました。

映画では、アラモ砦における13日間の戦いを描き、ついにアメリカ側は全滅してしまいます。歴史ではその後、後方で態勢を立て直したアメリカ軍がメキシコ軍を破ります。その時の合い言葉が「リメンバー・アラモ」。

これは、後に太平洋戦争時の「リメンバー・パールハーバー」とまったく同じことです。

映画では、メキシコ軍の騎士道的な精神を尊重する場面もありますが、基本的には、アメリカのみが正義の勧善懲悪的な描かれ方をしています。

製作された1960年は、東西冷戦のまっただ中であり、「アメリカこそが正義の中心」という主張に基づくような映画はたくさん製作されたようです。それは、対テロ戦争を突き進む現代のアメリカにも脈々と生きている思想です。

この映画でも、かつて先住民族と戦った西部史の伝説的英雄であるディピー・クロケットを中心に、日本の時代劇にも通じるような正義と忠誠が描かれています。

私も若い時は、「家族や愛する人を守るためには、命をかけて戦うぞ…」と思った時もありました。それだけに、この「アラモ」を初めて観た時は、とても感動したものでした。

いまあらためて「アラモ」を観た時、歴史の中で、人はなぜ戦わなくてはならないのだろうか、自分にも戦わなくてはならない時がいつか来るのだろうか、という疑問が交錯しました。そして、歴史は数多くの人を戦争で死なせた、という事実に虚しさにも似たような感じを覚えました。

歴史上の人物を英雄視することに意義はありません。ディピー・クロケットも多少の誇張はあるでしょうが、アメリカ史の英雄であることに間違いはないでしょう。ジョン・ウェインも名優であり、私も大好きな映画俳優のひとりです。

しかし、アメリカこそが正義の砦なのでしょうか。

深い疑念はつきることがありません…

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団塊の世代

大古誠司、森田淳悟、横田忠義―

この三人の名前を覚えている方もいらっしゃるでしょう…

1972年、西ドイツ(当時)・ミュンヘンで開催されたオリンピック。

日本男子バレーボール・チームは、決勝戦で東ドイツ(当時)をセットカウント3―1で破り悲願の優勝・金メダルを獲得しました。

その時の主力選手が、大古、森田、横田の三人でした。

当時、中学生になったばかりだった私は、彼らの活躍に刺激されて、みずからバレーボールを始めました。

圧倒的な強さ、「速攻コンビネーション・バレーボール」と言われた多彩な攻撃は、現在の日本代表チームをもってしても、まねることができない、史上最強のチームだったと思います。

今のバレーボールの攻撃パターンは、オープン、クイック、時間差攻撃、バック・アタック、移動攻撃、そしてジャンプ・サーブでしょうか。

ミュンヘン・オリンピック当時の日本代表チームは、ジャンプ・サーブ、バック・アタックはありませんでした。

しかし、オープンや時間差攻撃の他に、A,B,C,Dの4種類のクイック攻撃、一人時間差攻撃、ダブルB、トリックB攻撃、Z攻撃、そしてドライブ・サーブと今からでは想像もできないほどの攻撃パターンを持っていました。

これも、すべては身長が高く、上背もパワーもまさる外国のチームと戦うための方策だったのです。このあたりの事情は、今も変わらないと思います。変わったのは、「速攻コンビネーション」で日本が金メダルを獲得したことにより、他の国のチームも速攻や多彩や攻撃を取り入れたことでしょう。

男子バレーボールは、このミュンヘン大会の金メダルを最後に、メダルを取れないどころか、オリンピックの出場権すら取れないのが現状です。

アイドル歌手を繰り出して、派手な声援とテレビ局のバックアップがあっても、昨年の世界選手権を始め、現在の日本代表チームは世界で8位から10位くらいです。

金メダルの感動を知っている人々にとってはさびしいかぎりです。

その金メダルチームの選手たちが、いわゆる「団塊の世代」だったことを最近の新聞記事で、あらためて知りました。

横田選手は、腰痛をおして試合に出続けたために、その後身体を壊し、今はリハビリの毎日だそうです。

セッターだった猫田選手はすでに他界しました。

ミュンヘン・オリンピックから7,8年後、監督だった松平康隆氏の講演を聴いたことがあります。高度成長時代、生活のすべてをバレーボールにかけることができたからこそ、金メダルが取れたと言いました。

アイドルとなった選手には、かつての闘争心を求めても無理なのかもしれません。

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「HIROMI」

「HIROMI」

「HIROMI」

「あと少しだけ…」

作詞・作曲・歌:柴田 淳

シバジュンの新曲です。

彼女の歌はCDでしか聴いたことがありませんが、私は大好きなアーティストのひとりです。

シンガーソングライターは数多くいますが、彼女の魅力はどんなところでしょうか? 先日、偶然にFMの番組に出演していて、彼女の話す声を聴きました。歌とのギャップがありましたが、とても明るい方で、聴いている私は元気をいただきました。

澄んだ歌声に包まれて、夜はふけていきます…

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元旦の出来事

実は…

元旦の日に、突然意識を失って倒れてしまいました。

確かにお酒は入っていましたが、ごく少量にすぎませんでした。

一分間ほど気を失った後、何とか今日まで元気に過ごしています。

ところが、倒れた時に、胸を強打してしまったようです。

直後から打撲のような痛みがありました。ところが5日頃から強烈な痛みになり、おそるおそる、6日に整形外科を受診しました。

レントゲンの結果、ろっ骨が二本折れていました。

全治1か月と診断されました。

ベルトで胸を固定していますが、笑ったり、くしゃみや咳をするだけでも激痛が走ります。

何とか仕事はしていますが、なるべく動かないように心がけています。

今年は元旦から波乱の日々ですね。

ろっ骨は折れやすいそうなので、みなさんも注意しましょう。

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「おんがくずきの さんぞく」

「おんがくずきの さんぞく」

「おんがくずきの さんぞく」

コレット・ドメ 作

ジャン・ルクー 絵

面谷 哲郎 文

2006年9月

学研・ワールドえほん9月号

勧善懲悪とはひと味もふた味も違うお話です。山賊を退治するために王様がとった方法は、ただやっつけるだけではなく、「音楽好き」という特性を生かす仕事を与えることでした。悪い人はどこまでも悪いのではなく、心のどこかに良いところがあるんだ、ということを教えてくれる絵本です。たとえ裏切られても、人の心を信じたい、と思わせてくれます。

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軽度発達障碍とは…

軽度発達障碍とは…

「現代のエスプリ 474

スペクトラムとしての軽度発達障害Ⅰ」

編集 石川 元

2006年12月

至文堂

近年、「軽度発達障害」という言葉がよく聞かれます。専門家によってその定義はさまざまですが、大枠で捉えると、「知的な遅れを伴わない」「広汎性発達障碍(自閉症、アスペルガー障碍など)」「学習障碍(LD)」「注意力欠陥多動症候群(ADHD)」などの障碍を言うようです。

そこで私は前々から疑問に思っていたことがあります。

「軽度発達障害」が「知的な遅れを伴わない」のであれば、以前に「軽度の発達障碍」と言われた、軽度の知的障碍、あるいは境界域にいる子どもたちは何と表現すればいいのでしょうか。

学校教育で行われる「特別支援教育」が、軽度発達障害の子どもたちを対象とするのであれば、一般学級にも、障碍児学級にも存在する「軽度の知的障碍」の子どもたちは、支援の対象からはずれることになります。

「軽度の知的障碍」と言っても、さまざまな状態・ケースがあり、「単に知能が遅れている状態」と括ることはできません。軽度発達障害と診断される子どもたちの中にも、知的に遅れている子どもは存在します。

つまり、子どもを能力や発達で線引きすることはできないのです。これは当たり前のことですが、非常に重要なことです。

ここで、「スベクトラム」という概念が重視されます。「スベクトラム」とは連続性を意味します。障碍の程度は、すべてスベクトラムであり、一般学級に在籍する子どもたちにつながっているのです。

現在、最も一般的に使われるのは「自閉症スベクトラム」という考え方です。重い自閉症の人から、程度の差はあれどの人も持ち合わせる「日常生活の中でのこだわり」まで、自閉症という症状はスベクトラムと言えるのです。

同じように、障碍と呼ばれる症状は、知的能力も含めてスベクトラムなのではないかと思います。

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「スタートレック」の世界

アメリカのテレビ映画で、SFの分野では老舗とも言える「スタートレック」。

最初のオリジナル・シリーズ(ファンの間では略してTOSと呼んでいます)が放映されてから、昨年で40周年を迎えました。

「スタートレック」の世界

画像は、テレビシリーズの2作目となる「スタートレック・ネクストジェネレーション」(TNG)に登場する宇宙連邦艦、エンタープライズDです。

「スタートレック」の世界

そして登場人物の面々です。

21世紀、人類は世界規模の核戦争を行い、地球の都市は壊滅し、絶滅寸前のところまでいってしまいます。その後、わずかに残った人類は恒星間航行、つまりワープ航法を開発し、宇宙へとびだします。

「スタートレック」は、22世紀から23世紀にかけて、航宙艦「エンタープライズ号」の冒険を描いたものです。さまざまな宇宙人との出会い、不思議な現象との遭遇など、「宇宙開拓史」とも言えるスペース・ロマンです。

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「ジャイアントロボ」放映40周年

「ジャイアントロボ」放映40周年

「ジャイアントロボ」

1967年(昭和42年)10月11日から1968年4月1日まで放映。

全26話

放送局:NET系(現・テレビ朝日)

「ジャイアントロボ」は特撮のテレビ番組で、原作は横山光輝氏のSFロボット漫画です。

東映特撮の傑作で、当時の子どもたちには大人気でした。もちろん、小学生だった私も夢中になって毎週テレビにくぎづけになっていました。

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「アタゴオル・2」

「アタゴオル・2」

「アタゴオル」(文庫コミック版・第2巻)

ますむら・ひろし 作

1999年11月

発行・メディアファクトリー

第2巻では「汗っかきかきかき氷」という作品が好きです。

ヒョウタン森にある「カツラかき氷屋」はちょっと変わったお店です。

不思議なお店が次々と出て来て、そちらの世界へ行きたくなってしまいますね。

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私の仕事始め

昨日から保育園の業務は始まっています。

私は昨日休暇をいただいて、今日から出勤しました。

明日が土曜日ということもあり、子どもの出席も1/3程度です。本格的な保育の始動は来週からになりそうですね。

登園する子どもが少ない利点は、好きな遊具をあまり遠慮することなく、のびのびと使うことができる、ということです。相手に気づかいする必要も少ないので、当然ケンカもあまり起きません。その生活に慣れてしまうのも問題かもしれませんが、一日二日は、こんな日があってもいいのではないかと思います。

暖冬、と言われていますが、今朝は園庭が霜柱で真っ白でした。踏みつける暇もなく、とけてしまったので、午前中の園庭はドロドロでした。

年長組さんは、いよいよ卒園まであと三カ月。お正月休みが終わると、またひとまわり大きくなったような気がします。

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「アタゴオル・1」

「アタゴオル・1」

「アタゴオル」(文庫コミック版・第1巻)

ますむら・ひろし 作

1999年11月

発行・メディアファクトリー

ますむら氏の作品は宮澤賢治の童話を漫画にしたものを始め、猫を主人公にした漫画で知られています。

私も、最初は少し違和感を感じましたが、気がつくとその世界に引き込まれてしまいました。

「アタゴオル」は、ますむら氏の作品の原点とも言えるでしょう。

第1巻では「唐あげ床屋」の話がいちばん楽しかったです。このような不思議な話を無理なく楽しめるのがいいですね。

漫画が嫌いでなければ、あまり肩を張らずに読めるファンタジーとしておすすめです。

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初詣

保育園の子どもたちと初詣に行って来ました。

初詣

場所は、日野市にある高幡不動尊です。

初詣

高幡不動尊には、五重塔もあります。

初詣

新撰組のゆかりの地なので、土方歳三の銅像もありました。

今年一年、みんなが元気に過ごせるように、楽しく一年生になるように、お願いをして来ました。

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「地球へ…」(テラへ…)

「地球へ…」(テラへ…)

「地球へ…」(テラへ…)

竹宮 恵子 作

1995年1月

中公文庫コミック版

この作品は、1977年に「月刊マンガ少年」に連載されたもので、今年で30周年ということになります。

西暦3000年代、地球の環境は著しく荒廃し、人類は地球を破棄して、遠くスペース・コロニーに移住します。恒星間航行(ワープ航法)が行なわれ、人類は銀河系を制覇します。そして「人類は完璧に平等に地球を失った」状態下で、ユニバーサル・コントロールが特殊政府体制という生命管理を完全に行なう社会体制を作り出します。堕落、腐敗する一方の人類社会を救うために作られたこの統治体制とは、大人社会と子ども育成社会とを切り離した政治体制で、子どもは婚姻ではなくコンピューター・コントロールによって人工的に作られ、「アタラクシア」という名の幼年育英都市で保父・保母によって育てられます。14歳になった誕生日に成人検査を受け、選別されて、合格した優秀な子はさらに高等教育を受けて、エリートとして重要なポストに配属されます。そして残りは一般の市民社会を構成されます。仕事もすべてコンピューターによって適正とされたものにつくことが義務づけられています―このような壮大壮絶な設定の未来社会が舞台です。

ストーリーは統制下の人類と、少数ながら異種として誕生した「ミュウ」―新人類との戦いを描いています。(この作品が初めてかどうかはわかりませんが、機動戦士ガンダムに登場する新人類「ニュータイプ」などの設定は、すでにあったわけです)

純粋培養のような教育、優秀かそうでないかを選別する検査、ダメなものは抹殺していくという徹底したエリート・メンバー育成の管理統制社会。そしてそれを外圧から守る防衛軍。この体制を維持していくには、違反者や不穏分子、不適格者を差別し、除外していく監視弾圧社会へと化していきます。

検査から脱落した者たちは、身体の不自由さや障碍を乗り越えて、迫害・抹殺から身を守るためにエスパーへと進化して行きます。これが新人類「ミュウ」なのです。ミュウたちはテレパシーによって人類に呼びかけ、忘れてしまった遠い人類の記憶を呼び覚まし、管理体制からの脱却を呼びかけます。遺伝子操作による誕生、画一化された教育、人間の選別、自己主張するものに対する批判、同じ顔をしていないと気がすまない同規格品化、弱い者に対する差別と迫害…

ミュウとして生きる少年たちの目覚めと苦悩と葛藤と、その生と死とは、こういう状況から生まれています。そしてまだ見ぬ故郷・地球(テラ―ラテン語)への道を歩み始めます。

何世紀にもわたる壮大な物語は、今あらためて読み返しても新鮮なメッセージを私たちに投げかけてくれます。

現実の地球は、環境破壊が進み、遠からず人類の生存は脅かされるときが来るでしょう。また身近では、社会をより良くするために、思想や社会体制を上に立つ一握りの人々によって統制管理する方向にゆっくりと歩み始めています。その危険な道に多くの人は気がつかず、安楽のまま偽りの平和を求めています。しかも、本当に危機となる事態は何世代も後に来ることが、今の私たちには実感がなく、責任を取ろうともしないことが、大きな問題なのではないでしょうか。

「地球へ…」は、連載後、アニメーション映画として公開されました。たかがマンガかもしれませんが、21世紀に生きる私たちへの警鐘のメッセージかもしれません。

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元旦

あけましておめでとうございます

今年も「えほんかいじゅうのもり」をどうぞよろしくお願い致します。

今年は、なんと年男です。

健康に気をつけて、新たな目標に向かってがんばりたいと思います。

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