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さよならの世界

 私はいつの頃からか、人とわかれるときに「もうこの人とは、生涯、二度と出会うことはないかもしれない」と思うようになりました。決して悲観的というわけではなく、人が歩む時間線(ハードSFっぽい?)は、ひとりひとりみな違うということを認識したにすぎません。

 今日「さよなら!」とわかれた人と、明日は会える確かな保証はどこにもないのです。

 だから、私はその日、その時、その瞬間、人との出会い、つまり人と私の重なった時間線を大切にしたいと思っています。

 今日は年度末。私の職場でも、退職して去る方がいました。結婚、出産を経て、子育てと仕事を両立させた、立派な保育士さんでした。明日からは、私たちと違う時空の道を歩み始めます。

 そして、卒園して、明日から学童保育に通う年長組の子どもたちも、今日が最後の保育園生活でした。

「さようなら! また遊びに来てね!」

 みんな笑顔で保育園の門を出て行きます。私たちは子どもたちの旅立ちを見送ります。そして、もしかすると二度と出会うことはないかもしれません。そうして、人は別れと出会いをくり返すのでしょうか。

 物思いにふける暇もなく、明日から新年度が始まります。新しい出会いもあります。そして、新しい人の歴史が刻まれていきます。新たな時間線の始まりです。

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とこちゃんはどこ

「とこちゃんはどこ」

松岡 享子 作

加古 里子 絵

福音館書店 1970年

とこちゃんはどこ

 この絵本も、子どもの頃にみた記憶がある方が多いのではないかと思います。

 とこちゃんという元気な男の子が、ちょっとした合間にとことこと、どこかへ行ってしまいます。商店街、動物園、海水浴場、神社の境内… たくさんの人の中から、とことこ行ってしまった、とこちゃんを探す絵本です。たくさんの物の中から指定された物や人を探す絵本は一時期大流行しましたが、この「とこちゃんはどこ」は、その先駆けと言えるかもしれません。

 加古里子さんの絵本は、昔の子どもの世界が生き生きと描かれています。商店街や神社の縁日などは、ごく限られた地域でしか体験することができない世界となってしまいました。加古さんの絵は、子どもたちに未知の世界を案内してくれるとともに、大人に子ども時代を想い出させるほのぼのさがあります。

 主人公のとこちゃんは、現代社会では「注意欠陥多動障碍(ADHD)」などと言われてしまうかもしれません。何しろお父さんやお母さんがしっかり手をつないでいないと、すぐにどこかへ行ってしまうのですから。昔は、そういう子も普通に私たちの学校のクラスの中にいましたし、分け隔て無く生活していました。それでも十分に許される本物の「ゆとり」がある時代でした。

 現代社会、特に子どもの世界では、大人の手によって子どもの個性や特徴をカテゴリー化して、グループ分けされます。算数ができる子・できない子、読み書きが得意な子・苦手な子、成績が良い子・それ以外の子… 学校で流行の極みとも言える「習熟度別指導」などは、典型的な子どもの差別化と言えるでしょう。ドイツなど一部の外国のように、小学生のうちに「一流大学に行くエリート・高卒で働く子」というように歩む道まで早々に決められてしまう時代が来るかもしれません。

 年齢も、家柄も、性別も、障碍の有無も関係なく、みんなで遊び、みんなで生活できる空間は、今や保育園しかないような気がします。この絵本を読み返して、そんなことを考えました。

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ぼくは くまのままで いたかったのに…

「ぼくは くまのままで いたかったのに…」

イエルク・シュタイナー 文

イエルク・ミュラー 絵

大島 かおり 訳

ほるぷ出版 1978年

ぼくは くまのままで いたかったのに…

 ある春の日、冬眠から目覚めたくまは、工場の中に立っていました…

 冬眠の間に森が開発され、一本の木もなくなり、大きな工場が建設されます。横穴で冬眠していたくまは、そのことを知らないまま、目覚めたのです。工場の人たちは、くまを本物のくまだとは信じません。それどころか、動物園のくまも、サーカスのくまも、くまをくまとは思いませんでした。とうとうくまは工場で働かされてしまいます…

 人間扱いをされ、「なまけもの」「きたないやつ」と罵られ、くまはわけもわからず、工場の工員にされてしまいます。そして、くまとしての本能さえも、だんだんと忘れてしまいます。

 悲しいユーモアの絵本ですが、「ある日工場の中にいた」だけで「くまであるはずがない」と決めつけられてしまうくまの無力さが、社会に対する皮肉のようにも見えます。工場という、ある意味では人間も機械扱いされてしまう空間に対する批判であるのかもしれません。

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ハリーのだいかつやく

「ハリーのだいかつやく」

ジーン・ジオン 作

マーガレット・ブロイ・グレアム 絵

もり ひさし 訳 ペンギン社 1982年

ハリーのだいかつやく

 おなじみの絵本「どろんこハリー」シリーズの短編お話集です。絵本と児童文学の中間的な存在で、文字を覚え始めた子どもには、ひとりで読む本として最適の一冊です。

 ハリーの行くところ、つねにドタバタの連続。早い展開とおもしろさの連続するお話は、アメリカのテレビ・ドラマ(笑い声が入っているコメディー番組)を想い出させます。でも、ハリーはいたって真剣で、ハリーががんばればがんばるほど、思っていたことから遠ざかってしまうことになってしまいます。

 楽しいお話は、読んでいる子どもを夢中にさせます。こういう本が図書館に置いてあったり、教科書の副読本的な使われ方をすれば、学校の授業も楽しくなるのではないでしょうか?

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夕凪の街 桜の国

「夕凪の街 桜の国」

こうの史代 作

双葉社 2004年

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 たった一発の原子爆弾は、十数万の人の生命を一瞬のうちに奪い去り、街を焼き尽くし、地球の上に地獄を造りだしました。わずか61年前のことです。

 そして、生き残った人々も、傷跡に苦しみ、後遺症に苦しみ、差別や偏見に耐えなければなりませんでした。かつて、ある議員が議会の場で「被爆者は断種すべきだ」と堂々と発言したり、原爆病院を慰問に訪れた著名人が決して被爆者に触れようとしなかったなど、ヒバクシャを社会から隔離・分離しようとする動きはごく普通のことのかのように事実としてありました。

「夕凪の街 桜の国」は、「夕凪の街」「桜の国(一)」「桜の国(二)」の三篇からなります。

「夕凪の街」は原爆投下後から10年が経過した1955年の広島の町が舞台です。「桜の国(一)」は1987年、「桜の国(二)」は2004年の東京が舞台です。被爆後もかろうじて生き残った人々と、その子どもたちの苦しみ、不安、愛を描いています。根強く残る社会からの差別に、ぶつけるところがない悲しみを抱えながら、必死に生きる人の姿が描かれています。

 何事もなく元気で生活していたある日、突然発症する原爆症の恐ろしさ。祖母が被爆者というだけで相手の親から結婚を断られる辛さ。そして、言いようのない不安の日々…

 このコミックを読むと、私たちは戦争のことを原爆のことをあまりにも知らなさ過ぎていることに気がつきます。知らないことから差別や偏見が生まれます。差別を恐れて多くを語らないまま亡くなった被爆者も大勢いたことでしょう。

 私たちは、いまどうすればいいのか。まず知ることから始めなければなりません。ぜひ多くの方に読んでほしいと思います。時代背景や当時の世相など、十分な考証と丹念に絵を描いている作者に心から敬服いたします。

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ライオンと魔女

 映画「ナルニア国物語・ライオンと魔女」を観て来ました。

 2時間35分という長い映画でしたが、時間の経過をまったく感じさせないものでした。

 原作を読んでいないのですが、私はもともとファンタジーと呼ばれる分野の小説は苦手な方なのです。たくさんの登場人物とその名前を覚えるだけでも大変です。しかし、今日の「ライオンと魔女」は、とてもわかりやすかったです。

 最近の映画ではよく使われるCGも、ほとんど違和感を感じさせませんでした。ライオンの「人格」もよく表現できていたと思います。

 第二次世界大戦で空襲を受けるロンドンから疎開して来た四人の兄弟姉妹が主人公ですが、両親から離れたさびしさと向き合い、そしてファンタジーの世界へ踏み込むところは、母の入院で心が揺れる中で、森の住人・トトロと出会うサツキとメイ(「となりのトトロ」)を思い出します。

 また、衣装タンスの奥を通りぬけると、そこがナルニア国への入り口になっているところは、「おしいれのぼうけん」など、いくつかのお話を連想させます。

 ということは、この「ナルニア国物語」は、たくさんのファンタジーの原点になっている、と言えるのではないでしょうか。たくさんの作品に影響を与えている原作をぜひ読んでみたいと思います。

 映画も続編が製作されると聞きました。今から楽しみです。

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ちいさいおうち

「ちいさいおうち」

バージニア・リー・バートン 作

いしい ももこ 訳

岩波書店 1965年

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 広い草原に建てられた一軒の「ちいさいおうち」。この絵本は、さまざまな四季と長い年月を旅する「ちいさいおうち」の物語です。何もないところに、時代は流れ、道路が敷かれ、街が作られます。やがて鉄道線路が通り、「おうち」はビルに囲まれてしまいます。その長い年月を絵本はゆっくりと語ります。そして、読み手が心配する「ちいさいおうち」の結末は、だれもが納得すると同時に、何かしらの問題意識を感じます。

 古い絵本なので、子どもから喜んで手に取ることは少ないかもしれません。大人が読むと昔を思い出し、故郷に想いを走らせるでしょう。でも、このような絵本を大人が継承し、ぜひとも子どもにも読んであげてほしいと思います。

 人格を持つ「おうち」に表情があるかのような絵が印象的です。

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どうぞのいす

「どうぞのいす」

香山 美子 作

柿本 幸造 絵

ひさかたチャイルド 1981年

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 とてもかわいい絵本です。

 うさぎは一生懸命に木のいすを作りました。そして「どうぞのいす」と書いた立て札と一緒に、木の下に置きました。そして、「どうぞのいす」にさまざまな動物たちがかわるがわるやって来ます。

 世の中の動物は、すべて性善説の上に成り立っている、という仮想世界のお話です。仮想だけど、理想の世界でもあります。子どもは夢が大好きです。もちろん、大人になっても(中年になった私も)、夢を追い続ける人もいます。素朴な夢の世界のお話で、私はこの絵本が大好きです。

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はちうえは ぼくにまかせて

「はちうえは ぼくにまかせて」

ジーン・ジオン 作

マーガレット・ブロイ・グレアム 絵

もり ひさし 訳

ペンギン社 1981年

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「どろんこハリー」のシリーズを手がけた作者による絵本です。保育園の子どもが、「ハリーに似た犬が出てくる絵本があるよ」とおしえてくれました。

 この絵本には犬は出て来ますが、主人公はトミーという男の子です。

 トミーは夏休みにどこへもでかけないことを利用して、近所の鉢植えを預かるアルバイトを始めます。居間、台所、浴室と、たちまち家の中は鉢植えでいっぱいになります。お母さんはただ見守り、お父さんはカンカンになって怒ります。しかし、トミーは一生懸命鉢植えの世話をします。そして、図書館で園芸のことを調べ、ただ水をやるだけではなく、伸びすぎた枝を切り、小さな鉢に移します。こうしてどんどん増やした鉢植えをトミーは子どもたちにあげるのでした。

 始めは怒っていたお父さんも、しだいに鉢植えによる「森林効果」があったのでしょうか。ラストでは家族で田舎へ行くことになります。思わぬ展開にトミーも大喜びです。

 この絵本では、鉢植えの植物の世話に熱中する男の子の姿が描かれています。何かに熱中する楽しさ、おもしろさを知ることは大切なことです。昨今、ムシ○○○のように昆虫に熱中する子どもが大勢いますが、植物という、一見して地味なものも、興味の対象になりうるものなのです。バーチャルなものがもてはやされる現代ですが、もっと本物の土や水に興味を持ってほしいと思います。

「どろんこハリー」シリーズと同じように、この絵本も、青と黄色、そして中間の緑だけが鉛筆画にのせてあるだけです。それでも、とても親しみやすく、ほのぼのとした感じがします。ぜひ読んでほしい一冊です。

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さらば宇宙戦艦ヤマト ―追悼 宮川泰氏

 作曲家の宮川 泰氏が21日、お亡くなりになりました。まだ75歳でした。

 一般には、数々の歌謡曲の作曲や、ザ・ピーナッツの育ての親であり、大晦日の紅白歌合戦のフィナーレで「蛍の光」の指揮をしたことなどで有名な方でした。

 私たちの世代では、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌を始め、ヤマト各作品における数多くのBGMを作曲されたことで知られています。

 それまでのアニメーションの音楽は、画面のバックに流れる効果音でしかありませんでした。しかし、宮川氏は素晴らしい音楽を「ヤマト」の中で奏で、「交響組曲・宇宙戦艦ヤマト」として完成させました。女性ソプラノによるスキャットなど、覚えている方も多いのではないかと思います。

 近年、「ヤマト」の世界から1000年後の世界を描いた「新・宇宙戦艦ヤマト」が企画されると聴き、その音楽も宮川氏が手がけていました(その作品は公開されたのかどうか、私は知りませんが…)。

 心より宮川氏のご冥福をお祈りします。

 さらば宇宙戦艦ヤマト…

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WBCを観て ―国と国が戦うということ

 野球のワールドベースボールクラシックは、日本の劇的な優勝で幕を閉じました。

 大会と同じように、サッカーのワールドカップや、オリンピックなど、出場する選手たちは、それぞれの国を代表して、競技で戦います。

 私たちも「がんばれニッポン!」と応援し、自然と日の丸を振りたくなります。

 このようにナショナリズムは、スポーツの世界にあっては良いのではなかいかと私は思います。選手は国の威信をかけて闘います。しかし、試合が終われば、同じスポーツを行なう者同士の仲間でもあります。WBCの決勝戦が終わった後、キューバの選手たちがイチローを囲んで記念写真を撮っているようすは、象徴的でした。

 最近、教育基本法の改正問題で、「国を愛する」とか「公を大切にする」、「国を守る」などと政治の場で言われますが、ここでのナショナリズムは、きな臭く、堅苦しく、偽善に満ちた押しつけの思想を感じます。生命が脅かされるナショナリズムははっきり言って嫌いです。

 銃を置き、大砲に蓋をして、戦闘機は格納庫に入れましょう。そして、バットを握り、ボールを投げ、グローブをはめましょう。

 スポーツを通しての戦いは、平和の世界だからこそ実現するものです。今の世界が決して平和だと言える状況ではありませんが、スポーツの世界大会が開催され、テレビでライブが観れる、という幸せを私たちは噛みしめなければならないでしょう。

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ワールドベースボールクラシック、日本優勝!

 史上初の野球の世界大会となる、ワールドベースボールクラシックの決勝は、日本とキューバが闘い、日本が勝利、初代チャンピオンになりました。

 イチローや大塚などの大リーガー、松坂、上原、松中など日本を代表する選手が結集し、監督は「世界のホームラン王」、王貞治。一度は二次リーグ敗退かと誰もが覚悟したどん底からはい上がり、みごとなドラマを見せてくれました。

 実力世界一の赤い旋風・キューバを相手に必死に戦う選手たち、そして優勝に歓喜する選手たちを見ていて、私は一人の野球選手を思い出しました。

 沢村栄治。太平洋戦争前・戦中の巨人軍の選手で、不世出の大投手と言われました。まだプロ野球が始まる前の1934年、全日本代表チームに参加し、メジャーリーグ選抜チームと闘いました。伝説のホームラン王・ベーブルースらから三振を奪い取るなど、その剛速球はアメリカ・メジャーチームからも注目されました。

 巨人軍時代、三度のノーヒット・ノーラン(うち一度は完全試合)を記録した沢村投手でしたが、1944年、陸軍に召集され台湾沖で輸送船に乗船中に潜水艦により撃沈され戦死しました。享年27歳でした。

 この世界の大会を沢村栄治氏は、天国から見ているのでしょうか。戦争によって生命を奪われ、時代の波にのみ込まれていった、沢村氏を始めとする多くの選手が築いたものが、今の時代につながっているような気がします。

 王ジャパン、日本優勝おめでとうございます!

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イラク戦争、開戦から3年

 大量破壊兵器開発疑惑などを理由に、アメリカ・イギリスの主導で行われたイラク戦争が始まってから20日(現地時間)で3年を迎えます。

 現地では、フセイン政権に代わる新政権の樹立が難航し、宗派や民族間の対立が深まりつつあります。市民を無差別に狙ったテロ行為も日常茶飯事。平和を錯誤する日本社会からは想像もつかない世界がイラクの現状なのです。

 アメリカの武力侵略が正しかったかどうか、ということがよく問われます。フセイン政権が現代の恐怖政治を行っていたことも事実のようです。しかし、アメリカの空爆などで多数の一般市民が虐殺されたこともまた事実なのです。

 国際紛争解決の手段としての戦争は、最も手っ取り早いやり方と言えるでしょう。しかも、勝利すれば、その国の行為は「正義」と国際社会から認知されます。現在の国際連合は第二次世界大戦の戦勝国によって創設された国際機関であり、戦争に勝つことによって正義を名のり、他国をリードすることができるのです。これが世界のパワーバランスであり、世界の歴史なのです。

 しかし、あえて言えば、戦争は正当化された行為なのでしょうか?

 戦争をくり返す、愚かな人類に未来はあるのでしょうか?

 私は、心の底から戦争に反対します。それは、単に、私の愛する人々が戦乱によって傷つくことを拒否するからです。

 しかし、本当の平和を実現させるためには、イラクの現状など、現実に眼を向け、意識的に考え、主張しなければなりません。違う世界の話で片づけてはならないのです。もちろん、過去の歴史についても避けることは許されません。

 私は、これからも平和を訴えていきたいと思います。

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卒業式

「卒業式」

榛野 なな恵 作

集英社 YOUNG YOU 1994年

クイーンズコミックス

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 卒業式のシーズンですね。

 少女・女性向けのコミックは、あまり読む機会はないので、比較という意味でのコメントは出来ませんが、榛野なな恵さんの漫画は、とても好きです。

 いくつかの作品の中で、短編では「卒業式」が特に好きです。榛野なな恵さんの作品には、大人の醜い世界や、世の中の習慣や流れというものに妥協してしまう人に対して、精一杯抵抗する思春期の少女や男の子が主人公となるものが多く見られます。

 この「卒業式」では、中学校一の秀才の少女が、悪徳教師の不正を何とかして暴こうとする過程が描かれています。常識的には抵抗すること自体無駄なことに思えるようなことに、少女は自分自身の存在をかけて立ち向かいます。そして、少女は、ある決意を持って卒業式にのぞみます。

 少女マンガと言えば、愛だの恋だの、と思い込んでいた私にとっては、とてもショックを受けた作品でした。下手な文学作品よりも、よほど読者の心臓を打ち抜くほどのインパクトを受けるくらい、衝撃的な作品です。ぜひ、一読をお薦めします。

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へびのせんせいとさるのかんごふさん

「へびのせんせいとさるのかんごふさん」

穂高 順也 文

荒井 良二 絵

ビリケン出版 2002年

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 昨日紹介した「さるのせんせいとへびのかんごふさん」の続編です。

 ある日、へびのかんごふさんは、一日だけあこがれのお医者さんになることになりました。かんごふさんは、さるのせんせいがやることになりました。しかし、さるのかんごふさんは、へびのように、うまく注射ができたり、お腹の中をのぞいたりすることができません。らいおんの口の中に入って出られなくなり、そのらいおんがかばの口の中に入って出られなくなり… 病院は大混乱になってしまいます。

 二番煎じはあまりおもしろくないものが多いのですが、この絵本も前作同様、とても楽しく観ることができます。くりかえしますが、荒井良二さんの絵は、本当に楽しいです。

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さるのせんせいとへびのかんごふさん

「さるのせんせいとへびのかんごふさん」

穂高 順也 文

荒井 良二 絵

ビリケン出版 1999年

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 どうぶつむらに新しくできたびょういんには、さるのせんせいとへびのかんごふさんがいました。ある日、きつねが風邪をひいてやってきます。さるのせんせいは、へびのかんごふさんに風邪薬を飲ませました。そして、へびのかんごふさんはきつねにガブリとかみつきます。これが実は「注射」なのです。たちまち、きつねは元気になっていきます。

 このように、へびのかんごふさんは、ある時は身長計になったり、ある時はぶたのおなかの中のくぎを抜いたり、ぞうの鼻づまりを治したりと、大活躍します。

 荒井良二さんの水彩画が、とてもいいですね。とても素朴で生き生きとした感じが表現されています。

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どろぼうがっこう

「どろぼうがっこう」

加古 里子 作

偕成社 1973年

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 加古里子さんは、紙芝居全盛の時代からの、日本の代表的な絵本作家です。

 その作品は数多く、これからじっくりと紹介していきたいと思います。

 どろぼうがっこうは、どろぼうになるためのがっこうです。校長先生は、世にも名高い、くまさかとらえもん先生(石川五右衛門にそっくり?)です。くまさか先生と生徒たち(子どもではなく、柄の悪い大人なのです)は、夜の遠足にでかけます。そして、かねもちむらのいちばん大きな建物に、どろぼうに入ります。ところがそこは…

 加古里子氏独特の絵が、子どもたちには大人気です。この絵本も、みんな大笑い。これほど悪人が主人公として受け入れられる作品もめずらしいと思います。

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魔女の宅急便

「魔女の宅急便」

角野 栄子 作

林 明子 画

福音館書店 1985年

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 宮崎駿監督の長編アニメーション「魔女の宅急便」(1989年)の原作です。アニメがあまりにも有名なので、原作があることを知らない方が多いようですね。

 原作も映画も、キキの旅立ちと、訪れた街で「宅急便」を開業するところは同じです。しかし、映画はキキが魔力を失ったり、飛行船の墜落など、話を盛り上げるための仕掛けがありますが、原作の方は、どちらかと言うと日常的なエピソードが中心になっています。私は映画も大好きですが、原作の素朴さも好きです。

 一年間の修行が終わり、キキは生まれ育った街、両親の住む家に里帰りします。しかし、少し過ぎると、それまで暮らしていた街に自分の「故郷」を感じ、キキは再び旅立ちます。ここで話は終わりますが、このあたりは、地方から都会に出てきた人の気持ちを表しているかのような郷愁を感じさせます。

 「魔女の宅急便」は、その後続編も出ましたが、イラストが林明子さんの本作がいちばん完成度が高いのではないかと思います。

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こんとあき

「こんとあき」

林 明子 作

福音館書店 1989年

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 さきゅうまちから来た「こん」は、「あき」が生まれた時からの友だちです。一緒に遊んで、何をするのも一緒でした。あきはだんだん大きくなりましたが、こんはだんだん汚れてきて、ほころびもできてしまいます。そこでふたりは、さきゅうまちのおばあちゃんの家へ行き、こんのほころびを直してもらうことにしました。

 この絵本は、こんとあきが、さきゅうまちのおばあちゃんの家までに行く途中の、さまざまなエピソードが物語の中心になっています。

 そして、この絵本の大きな特徴は、「あき」という子どもが主人公であるにもかかわらず、お父さんもお母さんも登場しないところです。あきの身内は「こん」だけです。つまり、二人だけの世界が描かれているのです。終盤でおばあちゃんが登場しますが、こんとあきにとっては、救いの神さまのような存在です。

 このように、既存の「家族」というイメージが、この絵本にはなく、林明子さんの絵本の中では、やや異色な感じを受ける作品です。

 また、こんはぬいぐるみで、何となく「くまのプーさん」を連想させます。このお話は、あきという少女の中のファンタジーの世界なのかもしれません。

 とにかく、次々と展開するこんとあきの旅が楽しい絵本です。

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おしいれのぼうけん

「おしいれのぼうけん」

古田 足日・田畑 精一 作

童心社1974年

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 三十代半ばまでの方であれば、保育園・幼稚園で読んでもらった記憶があるのではないでしょうか? それだけ、この「おしいれのぼうけん」は、長く語り継がれ、今でも子どもたちに人気が高い絵本の一冊です。初版から30年以上が過ぎても、まったく「古い」という感じがしないのは、名作と言われる絵本の魅力でもあります。この「おしいれのぼうけん」は、絵本と児童文学の中間に位置するような本ですが、本当におもしろく、誰でも熱中してしまいます。

 うるさい子どもはおしいれに入れられてしまう、という古風な「罰」は、今の子どもには斬新に受け止められます。みずのせんせいにおしいれに入れられてしまったさとしとあきらは、おしいれの中のもうひとつの世界へと旅立ちます。それは恐い「ねずみばあさん」の住む街であったり、機関車や自動車が走る道でもあります。ほんの一瞬の出来事が、子どもには長い冒険の旅となります。

 おしいれに入れられてしまった子どもの心理、「ごめんなさい」を期待する先生の心理がよく描かれていて、保育園の生活感がたっぷりあふれている内容になっています。こうして考えてみると、保育園という集団生活の基盤は、今も昔もあまり変わらないことがわかります。大人になっても、読み返してみると、自分の幼い頃を思い出すのではないでしょうか。

 文字を覚え始めた子どもがひとりで読む本としてもおすすめの一冊です。

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平和への夢

「平和への夢」―自爆攻撃にまきこまれた少女の日記

「平和への夢」出版委員会 著

PHP研究所2006年

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 1996年3月4日、イスラエルの少女バット・ヘン シャハクは、15歳の誕生日に自爆攻撃に巻き込まれて亡くなりました。

 自爆したのはパレスチナの青年で、身体に爆弾をまきつけ、イスラエル・テルアビブの繁華街で爆発されました。

 バット・ヘンは他の三人の友だちと遊びに来ていていました。四人のうち三人は即死でした。

 この本は、生前のバット・ヘンが書き残した、数々の平和への願いの詩を紹介しています。また、「和平へのイスラエル・パレスチナ遺族の会(イスパの会)」についても取材しています。イスパの会は、ユダヤ人とアラブ人が手をつなぐ数少ない団体のひとつです。

 平和を水や空気と同じようにしか意識できない現代の日本人からは、想像できない世界が、イスラエルやパレスチナの地でしょう。イラクも同じような状況です。ほぼ毎日、どこかでテロによる自爆攻撃が行なわれ、一般の市民が多数死傷しています。人々がどんなに平和を願っても、なかなか良い方向へとは向かわないのが現実です。

 15歳で亡くなったバット・ヘンの詩を読むと、平和への強い欲望が感じられます。生まれるずっと前から、イスラエルは常に戦乱に揺れていました。私は以前にこのブログでイスラエルのキブツがパレスチナ人を追い出して作られた侵略的な村であることを書きました。しかし、イスラエルの一般市民が悪いということは言えません。

 私たちは自国の中での平和な日々に安住して、平和について考えることがあまりありません。平和は当たり前のこととなっているのです。識者の中には、日本の平和は世界に誇るべきだ、と言う人もいます。しかし、本当にそれでいいのでしょうか? 他国が争い、市民が傷つき倒れている状況がある中で、日本だけが「我々は平和な国家を築いている」と主張するのは、なんとも虚しい思いがします。

 この本はルビがふってあるので、小中学生にも読むことができます。ぜひとも、若い子どもたちに読んで、平和を考えてほしいと思います。

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  「平和への夢」 バット・ヘン シャハク

   人にはそれぞれ夢がある

   ある人は大金持ちになること

   またある人は作家になること

   わたしにも夢がある―

   この世が平和になること

   みんなが、いつ平和がおとずれるのか知りたいし、

   だれでも、それが夢で終わらないと信じたい。

   でも、時々わたしたちはあきらめてこう思う。

   ―左派と右派、アラブ人とユダヤ人、

   それぞれがパートナーとなり、

   みんなが友だちとなって、憎しみと戦争がもうなくなる―

   みんながひとつになる幸せな日は、

   妄想、夢想、おとぎばなしみたいなもので、

   やって来そうにもないって。

   わたしたちみんな、議論することにおいては専門家で、

   わたしたちみんな、みごとに他人のせいにする。

   わたしたちみんなが、

   どういう世界がすばらしい世界なのかしっているのに。

   もしかしたら、

   私は幼稚で世間のことなど何も知らない少女かもしれない。

   でも、私は、祈りたい。

   平和と安全を。そうすることは、いきすぎなの?

   旧市街―エルサレムの道々を

   安心して歩き続けたいと夢見るのは、いきすぎなの?

   若い兵隊さんたちの母親が

   お墓で泣くのを見たくないと願うのは、いきすぎなの?

   わたしたちはみんな平和を望んでいる。

   でも、とてつもなく大きな質問に答えは出ない。

   どうやったら平和を創れるのかしら?

   みんなは、平和のために

   どれほどの犠牲を払えるのかしら?

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放送大学卒業式に出席しました

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 本日、千葉・幕張メッセで行われた、放送大学学位記授与式に出席しました。

 今年度の単位認定試験で、自分としてはあまりいい出来ではなかったと思っていました。ですから、まさか試験に通り、卒業の通知を受けた時は、とても信じられない気持ちでした。

 卒業式に出席し、自分の手で証書を受け取った時、やっとそれは現実として感じることができました。正直、それまでは「何かの間違い」だったのではないかと思いました。

 入学から八年。途中で一年ほど空白だった時期があります。私自身の心の病気で、何もかもがやる気を失くしてしまいました。しかし、その後立ち直り、よくここまで来たと、自分でも感心してしまいます。

 今あらためて過去の道のりを振り返り、そして、今日からの新しい未来へと、また一歩を踏み出していきたいと思います。

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童具館を訪問する

ココログの調子が悪かったようで、丸一日、記事の投稿ができませんでした。

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 一昨日、東京大田区・糀谷にある「童具館」を訪問しました。

 童具館は、数多くの「童具」という木製のおもちゃを創り出した和久洋三氏のホームグラウンドです。半地下になった一階がアトリエ―乳幼児から小学生までの造形教室が開かれています。二階は童具を販売するショップになっています。

 和久氏とは四年ぶりの再会でした。私にとって、仕事のことや、家族のことなどで悩んでいる時に、一緒に考えてくださり、アドバイスをしていただいた最高の恩師です。

 その和久氏が、このたび「遊びの創造共育法・全七巻(玉川大学出版部刊)」を出版されました。過去の長年にわたる実践活動をベースにした、和久メソッドの集大成とも言える大作です。

 私が和久氏を最も尊敬する理由は、氏が提唱する理論が、実践の中から生まれたということです。すでに60代でありながら、全国各地で講演活動を行い、同時に幼稚園・保育園・地域の子どもたちと童具を使ったワークショップを精力的に行っています。「午前中に保護者向けの講演を行い、午後に子どもと公開保育を行い、夜は保育士向けの講演。これの繰り返しですよ」と笑っていました。

 これから、じっくりと「遊びの創造共育法」を精読し、自らの実践に役立てたいと思います。

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個人面談

 今日は、二女の個人面談がありました。

 二女は知的障碍があります。今は養護学校の高等部に通い、来年度は3年生になります(いよいよ就職が現実の課題になってきました)。

 今まで幼稚園、小学校、適応教室(不登校の子どもが通うミニ・スクール。二女は小学校6年生の一年間のほとんどをここで過ごしました)、ピアノ教室のY先生、中学校の心身障碍児学級、IEPのびのび教室のH先生、というように、その時々の学校・教室でたくさんの先生方と出会いました。

 いまのI先生は、問題行動が多い二女にとって、心の支えになる、とても素晴らしい先生です。

 「良い先生の条件は?」と聞かれたら、月並みかもしれませんが、「子どもの立場、親・兄弟も含めた家族の立場に立って考えてくださる先生」だと思います。

 子どもに何か問題行動がある場合、子どもの資質や家庭での育て方など、原因と責任を外部の問題としてひとくくりにしてしまう先生がいらっしゃいます(実はこのように考える先生、保育士はたくさんいらっしゃるようです)。

 学校の先生という仕事に就くのは、大変難しいと聞きます。かなり優秀な成績をおさめなければなりません。つまり勉強が良く出来て、勉強が好きな方です。当然学校生活の想い出は良いことばかりだったでしょう。

 その先生方に、問題を起こしたり、不登校になる子どもの気持ちが、果たしてわかるでしょうか?

 何でも子どもの問題をすべて親・家庭のせいにするのはとても簡単なことです。しかし、それでは問題の解決にはなりません。

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卒園に向けて ―おわかれ遠足に行く―

 今日は、保育園の行事で、年長組のおわかれ遠足に行きました。場所は、町田市で多摩ニュータウンに隣接した「小山田緑地」という都立公園です。

 かなり広い公園ですが、周囲は里山や雑木林が点在しています。住宅地域も広がっていますが、ニュータウンの開発地域に指定されなかった地域なので、幸いにも自然がたくさん残っています。

 都立の公園はバス・電車で行くには不便ですが、近年駐車場も整備され、自家用車で行くこともできます。「小山田緑地」は多摩センター駅付近から車で15分程度の場所にあります。都立公園は、自然の景観を多く残しているので、自然公園と言うこともできるでしょう。他には、京王南大沢駅からバスで5分くらいのところにある「小山内裏公園」(八王子市)、京王線聖蹟桜ヶ丘、または京王永山駅からバスで行く「桜ヶ丘公園」(多摩市)などがオススメの公園です。

 詳しくはYAHOO!などの検索サイトで公園名を入れると、いろいろな情報がひきだせます。

 年長組の子どもたちは、今月卒園し、4月からは小学生になります。子どもにとっても、親にとっても、そして保育士たちにとっても、大きな節目となる季節になりました。

 今日はたくさん歩き、たくさん遊びました。子どもたちにとって、想い出のひとつができたのではないかと思います。

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パイオニア・レッドウィングス優勝!

 第12回バレーボール女子Vリーグは、ファイナルラウンドが昨日終了し、パイオニア・レッドウィングスが久光製薬・スプリングスを二勝一敗で下し、みごと優勝しました。

 最高殊勲選手には、コウこと栗原恵さんが選ばれました!

 栗原選手はサーブ賞、ベスト6にも選ばれました。

 逆境からはい上がり、みごとな復活をとげたコウさんに熱い拍手を贈りたいと思います。おめでとう! コウさん!

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東京大空襲から61年

 東京大空襲から、まもなく61年が過ぎようとしています。

 1935年(昭和20年)3月10日未明、アメリカ軍による空襲によって、東京・下町一帯は火の海となりました。この東京大空襲によって、たった一夜で10万人以上の人々が亡くなりました。

 私が生まれ育った台東区・浅草も焼け野原となったそうです。実家のある場所の近くには、当時ため池のようなものがあり、空襲の時にたくさんの人が池にとび込み、死亡したことを最近になって知りました。男も女も子どもも老人も、誰も関係なく、数多くの一般の市民が無惨にも犠牲になったのです。

 アメリカ軍は、当時「空の要塞」と言われたB29の大編隊を送り込み、焼夷弾を多数投下しました。これは通常の爆弾とは違い、火の玉を周囲にまき散らす円柱型の爆弾でした。これによって木造建築の多い日本の各地は焼け野原にされてしまいました。

 今日の新聞で、当時空襲にあった人たちが、国に謝罪と損害賠償を求める訴訟の準備を進めている、という報道がありました。軍人・軍属だけに年金を支払ってきた戦後の援護法制に対する批判です。今後の動きを見守りたいと思います。

 アメリカに対して恨みを持つのは、憎しみの連鎖でしかありません。もちろん、日本軍が行ったことも考えなければなりません。そして同時に、私たちは戦争被害の事実を後生に伝えていかなければならないと考えました。

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おふろやさん

「おふろやさん」

西村 繁雄 作

福音館書店 1977年

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 どの街にも普通にあった「銭湯」―おふろやさんは、いつ頃から消えてしまいったのでしょうか? 大きくて高い煙突、たくさんのくもりガラスの窓、瓦の屋根。街の中にある大きな家のようでした。

 子どもたちに「おふろやさん」の絵本をみせると、「温泉みたい」と言います。確かに広い浴場は温泉旅館やホテルの大浴場みたいです。

 でも、おふろやさんの脱衣場は、ホテルにはない、日常のコミュニケーションの場でした。ただ世間話をするだけではなく、毎日出会うことで、人々が確かに生きていることをお互いに確認する場でもありました。

 絵本の中では、男湯に入ったお父さんと子ども、女湯に入ったお母さんと赤ちゃんが、浴場の壁を隔てて、おふろからあがるための声をかけあっている場面があります。これが、今の子どもたちには、何回説明しても意味がわからないようです。携帯電話やメールなど、デジタル機器によるコミュニケーションが一般的になっている現代社会において、肉声で声をかけあうことの大切さを再認識させられたような気がします。

 浴室からあがって、脱衣場でビンのジュースを飲む場面も、いまはなくなってしまった光景です。子どもたちと、左手を腰におき、右手でビンを持つまねをして、ジュースを飲むまねをしました。

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いもうとのにゅういん

生きているあかし、いのちの大切さを知る

「いもうとのにゅういん」

筒井 頼子 作

林 明子 絵

福音館書店 1983年

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幼稚園に通うあさえの妹、あやちゃんが盲腸炎で急に入院してしまうことになりました。ひとりで留守番するあさえは心配とさびしさが心からあふれそうになってしまいます。平和で楽しい家庭が、一転して重い雰囲気に包まれます。お母さんは病院に行ったきり。やっと帰ってきたお父さんと二人だけの夕食。あやちゃんのためにおり紙を折ったり、手紙を書いたり。そしてあやちゃんの入院する病院へお見舞いに行く…

あさえの不安な心理がページをめくるたびに描かれています。家族の入院は、それだけ大きな「おもし」になります。しかも、病気というものの前に、お父さんもお母さんも無力をさらけだしてしまいます。

家族の入院というような「突然の危機」の訪れによって、家族の絆が強まることもありますし、逆に崩壊へ向かうこともあるかもしれません。この絵本では、突然変化した生活の波を乗り越えたあさえが、一歩成長するようすが描かれています。

生活経験の浅い子どもたちにとって、「入院」というのは非常に特別な事件です。私がこの絵本を読んでいるときも、子どもたちはシーンと静まりかえり、かたずをのんで見ていました。

もうひとつ、子どもの生活から遠ざかっているものに「死」があります。年老いたおじいちゃんが亡くなり、その臨終から葬式、火葬までを描いた絵本というものはどうでしょうか?

少子高齢化社会において、「人の死」を仮想体験することは、非常に大切なことだと思うのですが…

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きょうはなんのひ?

理想の家族とは?… 家族の理想とは?…

「きょうはなんのひ?」

瀬田貞ニ 作

林 明子 絵

福音館書店 1979年

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理想の家族とはなんでしょう? 家族の理想ってどんなことでしょう?

私はこの絵本を初めてみた時に、登場するまみこやお父さん、お母さんが理想の家族像のように映りました。まだ独身だったので、将来こんな家族を創りたいと思いました。

しかし、二十数年が過ぎ去って、いまあらためて振り返ってみると、理想の家族とはなんなのか、家族が求める理想ってなんなのか、深く考えさせられます。結論から言うと、理想はあくまでも理想であって、現実には非常に難しいことだと思います。それは、私自身の家族が、このまみこの家族とは、かなりかけ離れた状況にあり、私自身が家族というものに期待しなくなったからかもしれません。

「他人の家の庭は良くみえる」と言います。友人・知人の家族は、みなとても幸せで、理想的な羨ましく映ります。自分の家を建て、自家用車を乗り回し、ペットを飼い、海外旅行にも行き、子どもは一流校へ通う… 「きょうはなんのひ?」のまみこの家族も幸せに満ちあふれた話です。

まみこが家の中のあちこちに隠したなぞのメッセージが書かれた手紙をひとつずつ、お母さんが探し出します。その手紙をつなげると、お父さん、お母さんの結婚記念日をお祝いするメッセージになります。まみこはお父さん、お母さんを祝福し、お父さんはまみこのために子犬をつれてきます。

この絵本は、読んであげると子どもたちも大好きになります。また、保育士にも広く愛され続けています。そこには、誰でも「こんな家族であってほしい」という理想が見えるのでしょう。平凡で日常の一コマに過ぎない話ですが、愛情に包まれた、ほほえましい話です。

それだけに、人生の裏表を積み重ねて来た(?)、ひねくれ者の私にとっては、まみこの家族があまりにも理想的すぎて、返って現実感を失ってしまいます。それは、「家族」というシステムが現代社会において、果たして有効に機能しているかどうか、疑わしく思ってしまうからかもしれません。核家族、少子化によるさまざまな歪み、虐待、離婚、ステップファミリー… 良いも悪いも、家族の姿はここ十数年でかなり変わってきたと思います。理想と幻想は表裏一体なのかもしれません。

結局、家族の理想は絵本の世界にあってこそ、理想なのではないかと思います。親による子どもへの虐待が絵本として表現できるはずがないでしょう(ちょっと極端になり過ぎてしまいましたね)。

幸せをねたむのではなく、幸せの意味をこれからも追い続けたいと思います。今日、この絵本を子どもたちに読んで聴かせながら、そう思いました。

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