2016年1月16日 (土)

クリエイティブルームの作品展に行って来ました!

今日は車をとばして、山梨県甲斐市へ行きました。

2016年1月 2日 (土)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
箱根駅伝、そして大学ラグビーを観戦しながら、この記事を書いています。

今年は、このブログをはじめとして、三つのブログ、そして基幹となるホームページを活用して、さまざまな情報を発信していきたいと思います。

個人的には、健康面での不安があり、この克服が大きな課題となります。
具体的には、慢性的な疲労や倦怠感が続き、体力的な衰えも気になるところです。
検査上の数値には異常がないため、人に話してもなかなか理解していただけません。
自分で何とかしなければならない、と新年の始めに考えています。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2015年12月31日 (木)

2015年を振り返って

2016年もあと12時間ほどで終わります。
このブログも、久々の書き込みですが、とりあえず、この一年を振り返ってみようと思います。
今年は、運営を民間に委託される児童保育施設の施設長として、年頭から引き継ぎ、準備、そして運営の開始として慌ただしく働き続けました。

しかし、実際にはさまざまな問題が発生し、それを解決できない責任を取って、秋には施設長を退任しました。

理由はいろいろありましたが、大きな理由のひとつは私の健康問題でした。

体力の低下、慢性的な疲労は今でも続いています。
子どもたちと一緒に走り回ったりすることができない―これは致命的な欠陥です。
子どもたちは一緒に遊んでくれる大人の傍に来るものです。
一緒に働いて来た若い職員の方々にも大変迷惑をかけてしまいました。

加齢と心臓手術の予後を考えると、自分の立ち位置をあらためて実感し、考える機会を与えていただきました。
これからは、自分にできる身の丈に合った仕事を選び、やれる範囲でやるしかないと考えています。

また、臨床発達心理士の仕事では、大きなニュースがありました。
乱立する心理系の資格を統合する、「公認心理士」の法案が国会を通過し、国家資格として2017年には最初の資格認定試験が行われる見通しです。

年齢的なことを考えればこれから資格試験の勉強をすることは結構きついことではありますが、私にとっては新たな目標ができた、と思っています。

国家資格を取得して、さらに上を目指していきます。
また、来年度から東京都では「特別支援教室」という新しい事業がスタートします。そこに心理士の仕事が生まれ、これにも積極的に関わりたいと希望しています。

今年は、大きな転機を迎えたと思っています。
そして来年は新たなるスタートです。
このブログも再開し、ホームページもリニューアルしました!
過去に囚われず、明日を見て、前進したいと思います。

新年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
皆さまにとって幸せな一年になることをお祈りいたします。

2015年5月 5日 (火)

年齢を重ねてわかってきたことのひとつに相手の言葉の意味を噛みしめてみることができるということ

「あなたは貴重な人材です」
と言われて嬉しいと思うのは当然の心理です。

「あなたは会社にとって大きな財産です」
これも嬉しいと感じますね。

しかし、その言葉は真意なのか? 裏にある思惑は何なのか?
と考えるようになったのは、年を取ったせいでしょうか。
ここ、五、六年の中で何度かこのような言葉をかけていただき、その度に真に受けた自分が落とし穴に落ちるようなことを繰り返していることも大きいかもしれません(比喩が多すぎ!)

今日は仕事とまったく利害関係にないけど、いろいろとお世話になった方と久しぶりにお会いしました。一緒に食事をする中で、「ぜひあなたと一緒に仕事がしたい」という申し出を受けました。
最初は冗談かと思いましたが、実はまったく真面目な申し出だったのです。

私は心から嬉しく思いました。同時にこの人と一緒に仕事をするということは、今まで気楽に会って、楽しく話して、一緒に笑い合って… ということができなくなる可能性もあります。

それでいいのか、と思いながら、私は今真剣に考えています。

2015年5月 4日 (月)

結局戦争への道は市民ひとりひとりが選択していると考えること

政権政党および政府がどのような道に進もうとも、それを選挙で選んでいるのは市民ひとりひとりなのです。

日露戦争(ふるいなぁ~)では旅順攻撃などでたくさんの死傷者を出したにもかかわらず、結果的に勝利をおさめたため、「乃木将軍ばんざーい!」「東郷司令長官ばんざーい!」とシャンシャンで終わりました。

太平洋戦争では徹底的に連合軍に叩き潰された結果、戦争を主導した陸軍が悪い、その指揮官であった東条英機が悪い、と学校の先生にも教わりました。

しかし、その
国家を指揮する政治家を選んだのは市民ひとりひとりなのです。

現在の政権政党を選んだのも、私たち市民の責任なのです。

選挙で選んでいて、あるいは投票を棄権しておいて、国家・社会生活・制度に文句を言う資格はないでしょう。
それでも、日本の社会には「しがらみ」というものがあります。例えば、私に関係したことであれば、心理士の国家資格化を最も推進しているのは政権政党である自民党であり、公明党なのです。
野党である民主党がイニシアチブの一翼を担いたいために修正案を出していますが、結局そのことで法案が審議不足で継続になったり、廃案になったりしています。

私は選挙権を取得した36年前から一貫して政権政党には投票していません。

でも、日本の「ムラ社会」は、「既得権益重視」の世間は、戦争の道さえも選択していることをもう一度考えてみるべきでしょう。

憲法を改正しなくても市民が徴兵されることがあることを知るべきだろう

昨日は憲法記念の日。ニュースは毎年同じように護憲派と改憲派の集会を取材していた。

護憲派の主な主張は「戦争放棄」をうたった第9条を核とした平和憲法の維持である。戦後70年間日本が戦争に加わることなく平和な日々を過ごせたのは、「戦争放棄」「国際紛争解決の手段としての軍備を持たない」第9条の存在があるからだ、というものだ。

改憲派の中心的な主張は「現在の憲法は戦後占領軍であったアメリカに押しつけられた」ものであり、「日本人の手で作ったものが本当の憲法だ」というものである。最近、政権政党が作った漫画には「日本人の手で憲法を創らないと戦後は終わらない」と書いてある。

その上で「国際貢献」を名目に、第9条の破棄、つまり自衛隊を正式な軍隊として承認し、世界各地で今も行われている戦争や紛争に参加できるようにするのが目的である。

他国と同じように国連軍に参加したい、というのが本音だろう。

しかし、かなり以前、確か「防衛庁」が「防衛省」に格上げになった時に書いたと思うが、過去の歴史を見る限り、「徴兵制度」は何も憲法を改正することなく実施するのは可能なのである。

徴兵制度は、ある条件(例えば満20歳になった心身健康な男子)を決めて、市民が強制的に軍隊に入ることである。当然、その時に戦争になったら参加しなければならない。

この徴兵制は、国会で審議する法律ではなく、閣議で「やりましょう」と決定した後、防衛省の「省令」によって発動する。つまり政権政党が勝手に発動することが可能なのである。

信じられないかもしれないが、過去の歴史を調べてみればわかる。

ただ、さすがに軍隊として認知されていない自衛隊に「徴自衛官」という制度は馴染まないかもしれないが、権力者がやろうと思えばできるものなのだ。

テレビの街頭インタビューで小さな赤ちゃんを抱いた若い母親が「国際貢献するために改憲は必要」と笑顔で答えるのを見てぞっとしてしまった。その前の別の母親は「この子が軍隊に入って人を殺すことをしてほしくない。改憲する人は自分は戦争に行かないから何でもできるのでは」と言っていたことと真逆だったことにショックだった。

憲法は制定されてから長い時を経て、確かに不備なところはあるだろう。したがってすべての条文を改正しない、新たな条項を加えない、というのはどうかと思う。

しかし、
第9条の放棄は人間の良心の放棄だと思う。

そこに日本人もアメリカ人もない。生命を持った人間の良心は人種も肌の色も関係ない。

どこの国が日本に侵略にやってくるのかわからないが、本気で戦力を整えるのであれば、「徴兵制度」「核戦力の配備」は必然である。
今の政権政党がそれをやろうとしていると思うことは考え過ぎであろうか。

2015年4月30日 (木)

もしかすると「あと何年生きられるか」と考えるから苦しいのであって「いつでもいいよ」と思うことが大切なのではないか

56歳になって思うこと。

定年まで、あと10年…

平均寿命まで、あと24年?……

心臓がもつのは、あと○年?………………

そんなことばかり考えているから自分で自分を苦しめているような気がしました。
今日の午後、特別支援学校の喫茶室(就労を目指す生徒さん方が運営しています)にいる時に強いめまいに襲われました。
幸いにも椅子に座っていたので周りの方には気づかれず、しばらくじっと目を閉じていたらだいぶ治まり、ゆっくりと歩いて相談室へ戻りました。

たったこんなことですが、私には「死」を予感する一瞬でした。

その後、午後の相談業務を続け、高校生の生徒さんと話をする中で、ひとつの結論がじわじわと私の中に思い浮かびました。

人間、いつかは死ぬけど、いつ、どこで、というのは誰もわからないこと。悪人でも善人でもそれは変わらないこと。

だったら、「あと何年生きられるか?」などと考えず
「今やれることをやって、いつでもその日が来てもOKだよ」
と決めた方が楽なのではないだろうかと?…

実際、そうして「生きます」
はい、今日はここまで。

人様からの評価はまず素直に受け取って自分の中で検証してみることが大切だとわかって来た

最近、ある人から
「あなたは学者だ」
と言われました。

「現場ではもっと上から降りて来なければ、誰もついて来ない」
とも言われました。続けて…

もちろん私は教育学者でも心理学者でもありませんが、日頃からの私の態度がそのように見えたのでしょう。
酒の席でしたが、ちょっと複雑な気持ちになり、しばらく黙って考えました。

どうやら、この「黙っている態度」が「偉そうにしている」「何を考えているのかわからない」というように人様からは見えるようです。

今の私でしたら凹んでしまうか、血の気が多い若い頃でしたら激高してしまったかもしれません。

しかし、後になって自分自身を見つめなおすきっかけになったように思います。
私自身は周りの方々を見下したり、批判しているつもりはなかったのですが、割と黙って考え込んでしまうことが多いので、「偉そうな態度」に映ったのです。

今、私は今後の仕事のことで大きな岐路に立ち、これからの10年をどうしていくのか日々思案しています。だからこそ、その人が言ってくれたことは、とても大きなアドバイスになったと心から感謝しています。

ここまで生きていて、「やっぱり組織の中だったり、リーダーになるのは自分に合っていないんだなぁ」と思うなんて、なんて私はメデタイ人間なんでしょう。

はい、今日はここまで。

2015年4月29日 (水)

世の中には確実というものが絶対的に存在しない以上どれだけ勇気を持てるかが試されているかもしれない

先日の書き込みで間違いがありました。

心理士の仕事量>心理士の数

これは大間違いですね。
これだったら私は迷うことなく心理士の仕事をどんどんやります。

実際は、

心理士の仕事量<心理士の数

が現実の姿として正しいのです。
心理士はここでも何度も書いていますが、国家資格ではありません。したがって、いろいろな団体が認定している心理士資格がたくさんあります。

臨床心理士 (…一番有名ですね)
臨床発達心理士
学校心理士
特別支援教育士  等々………

私は臨床発達心理士の資格を持ち、特別支援学校などで仕事をしています。
しかし、資格を持ちながら学校関係の仕事がなかなか見つからない方が圧倒的に多いのが現状です。私は実力があって仕事をいただいたのではなく、たまたまラッキーだったと言えなくもありません。
(それも一年間の単年度契約で、もちろん非常勤の時間給です)

現実には、心理士同士で仕事の奪い合いもあるわけです。

国家資格化になれば、待遇が変わり、正規職員としての心理士がもっとたくさん増えるので、現状のような混沌とした流れは変わるかもしれません。

しかし、そもそも、国家資格になれば、私も国家試験を受けなければなりません。合格する保障は何もないのです。

このような先が見えない霧のかかったような大海に出航すべきかどうか…
いま、とても迷い、考えています。

2015年4月27日 (月)

ヤリのように突き刺さる言葉を言う人は鎧で自分の身をかためている

最近(でもないけど)、人様が発する言葉が気になります。
いつ、どこで、ということになると、それはちょっと言えないことなので…

人が何気なく言ったひと言が、槍のように自分の心に突き刺さる経験をされた方は多いのではないでしょうか。

明らかに攻撃的な意図を持って言葉を発する方もいますが、それも実は「攻撃するつもりはなかったけど発作的に言ってしまった」という場合が多いのではないかと思います。
言った瞬間に「しまった」と思う方も多いでしょう。私もよくやってしまいます。
後先よく考えずに言ってしまったことが、大げさに言えば生き様を変えてしまうこともあるでしょう。

(すごーく古い話ですが、故吉田茂首相が国会の答弁で「バカヤロー」と言ったことが衆議院解散につながってしまったエピソードは有名です)

私は基本的に性善説信仰者なので、キツイ言葉を言う人もそれなりに理由があってのこと。受け止める側がいかにして避けるか、逃げるか、を考えることがより良い解決法だと思っています。

しかし、槍のように突き刺さる言葉を言う人は、攻撃しているのではなく、防御しているのではないでしょうか。
「攻撃は最大の防御」
鎧を着て身を固めている人ほど哀しい、と感じることがあります。

はい、遅くなったので、今日はここまで。

«好きなことで仕事がしたいなぁ…

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